この社会はまるで「寄生虫」のよう…いつのまにか「わたし」に侵入して内側から変えてしまう「おぞましい実態」
学校とはどのような場所なのか、いじめはなぜ蔓延してしまうのか。学校や社会からいまだ苦しみが消えない理由とは。 【写真】年収300万円未満家庭、3人に1人が「体験ゼロ」の衝撃! いじめ研究の第一人者によるロングセラー『いじめの構造』で平易に分析される、学校でのいじめ問題の本質――。 ここでは、狭い空間で生きる生徒たちが生み出す小社会においてはたらく心理‐社会的なメカニズムをくわしく説明しよう。
寄生する生物たち
イメージをわかりやすくするために、寄生虫の例を挙げることからはじめよう。 寄生虫がいつのまにか自分のなかに侵入し、わたしの内側からわたしを操作して、わたしにおぞましい生き方をさせてしまうとしたら、これほど不気味なことはない。 イギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスは、『延長された表現型』(紀伊國屋書店)で、このような世界を描いている。彼によれば、「中間寄主を含んだ生活環をもっている寄生虫は、その中間寄主からあるきまった最終寄主へ移動しなければならないが、しばしば中間寄主の行動を操作して、その最終寄主にその中間寄主が食べられるようにうまく仕向けている」。ドーキンスは、いくつかの不気味な例を挙げている。 ■リューコクロリディウム属の吸虫は、カタツムリに寄生した次に、鳥に寄生する。この吸虫がカタツムリの角に侵入すると、暗いところを好むカタツムリが、光を求め、日中に活動するようになる。そのためにカタツムリは鳥に発見されやすくなる。鳥はカタツムリの角を食いちぎって食べる。こうして吸虫は、鳥の体内にはいる。カタツムリは吸虫によって、光を求めるように内側から操作されたと考えられる。 ■ミツバチに寄生したハリガネムシの幼虫は、成虫として水中で生活するためには、ミツバチの表皮を突き破って外に出て、水中に入る必要がある。ハリガネムシに寄生されたミツバチは、しばしば水に飛び込むことが報告されている。一匹の感染したミツバチが水たまりの方へ飛んで行き、水中へダイヴィングした。その直接の衝撃で、ハリガネムシはミツバチのからだを破って飛び出し、泳いでいった。重傷を負ったミツバチはそのまま死んでしまった。 ■鈎頭虫類ポリモルフス・パラドクススは、淡水のヨコエビを中間寄主とし、最終寄主は、水面の餌を食べるマガモや、マスクラット(齧歯類の哺乳動物)である。寄生されていないヨコエビは光を避け、水底近くにとどまる習性がある。ところが、ポリモルフス・パラドクススに寄生されたヨコエビは、光に接近するようになり、水面近くにとどまり、水草に執拗にまとわりつくようになる。その結果、ヨコエビはマガモやマスクラットに食べられやすくなる。 あわれなカタツムリやミツバチやヨコエビは、寄生した生物の遺伝子の「延長された表現型」、あるいは「乗り物」として生きさせられる。 さて、これらのおぞましい例は、他の生物が寄主に寄生する話である。 だが、社会が寄生虫であるとしたら! つまり、わたしたちが集まってできた社会が、いつのまにかわたしに侵入し、内側からわたしを操作して、おぞましいやりかたで生きさせてしまうとしたら、それは吸虫やハリガネムシやポリモルフス・パラドクスス以上に不気味である。 実際、学校に軟禁されて生徒にされてしまった人たちが織りなす小社会の秩序は、しばしば、これらの寄生虫と同じ作用をおよぼす。 「何かそれ、うつっちゃうんです」
内藤 朝雄(明治大学准教授)