決断しないので失敗はしないが、自立もできない「モラトリアム」に陥ってしまう「ヤマアラシのジレンマ」という原因
勝手にモラトリアム
私の青年期は、自分の中では悶々とした思いを持ちつつも、勝手に入った長いモラトリアムだったと思います。 モラトリアムとは猶予期間のことで、社会的な人間になって自立することを猶予された状態です。 青年期には生きる意味の追求が必要と書きましたが、私の講義を受けた二十歳前後の学生たちには、目の前の日常をただ何となく生きているように見える者も少なくありませんでした。生きる意味など、まだ考えたくないと目を背けている者、考えてもわからないと投げ出している者、考えることを思いつきもしない者などですが、彼らは自分の価値観を創ることを自ら猶予しているわけで、モラトリアムの状態にいるといえます。 青年期が終わりかけても就職せず、就職しても転職を繰り返したり、フリーターの状態を続ける人は、職業的同一性を自分に猶予していることになり、モラトリアム人間と称されます。 結婚についても同様で、よい相手に恵まれない場合もあるでしょうが、積極的に結婚する意思を見せないとか、相手を探そうとしない人は、モラトリアム人間ということになります。 モラトリアム人間は決断を避けているので、失敗のリスクは回避されますが、決断をしないままでは社会人にも家庭人にもなれず、年ばかり重ねることになります。 若者がモラトリアムに陥る原因として、「ヤマアラシのジレンマ」というものがあります。ヤマアラシは全身がトゲで覆われているため、孤独を感じて仲間に近づくと互いのトゲに刺されてしまい、それを避けるために離れると孤独に陥るというものです。 職業を選び、結婚相手を選んで大人の社会に入ると、人間関係が密になるので、自己愛型の傷つきやすい人はモラトリアムの状態に逃げ込んで、実人生に踏み出すことを保留しがちです。 私自身も外科医から大使館の医務官になって現場を離れたのは、医者として中堅になる役割を放棄して、小説家になる道を模索するためでした。それが結果も出ないまま九年におよび、四十代になって帰国したときは、さすがにこれ以上はモラトリアムも続けられないと覚悟しました。そこからデビューするまでの六年間は、どれだけ続くかわからないトンネルを掘っているようなつらくて空しい日々でした。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)