未成熟な社会への警笛-藤井浩人美濃加茂市長×中谷一馬衆院議員
メディアとSNSが作る空気
【中谷】 アテンションエコノミー(情報の優劣よりも人々の注目が経済的価値を持つ関心経済)が台頭する社会では、こうした事件が起きると、メディアも視聴者が共感したり、読者に読んでもらえるように感情を煽るような構成をして、報道しがちです。藤井さんが逮捕されたときもそうでしたね。 【藤井】 新聞は「選挙前、贈賄側に『金ない』」「取引記録 決め手」「汚れた人脈」といった根拠のない見出しを並べ、いかにも有罪であると決めつけるような記事を掲載しました。しかし、それらはすべて警察や検察が描いたストーリーを言われるまま書き写したに過ぎません。裁判の中で事実と認定されてもいないのに事実かのように報道されます。また、「29歳市長 危うい手腕」「施策 庁内に疑問」という見出しのついた、事件とは関係ない印象を操作するための批判記事もあって、そこには「市長の資格がない」「犯罪者」という印象を植え付けようとする悪意を感じました。 【中谷】 それは酷いですね。私の場合も、記者に対して根拠をもとに詳細な説明をしても、その部分は「『事実と異なる』と話した」と一文紹介されるだけで一方の相手のコメントは詳しく報道されることが多くありましたので、客観的な事実をフェアに伝えようとする報道よりも扇情的な内容が多かったと感じています。 【藤井】 そうなると、多くの人は相手の語った内容を信じるでしょうね。 【中谷】 そうしたメディアの報道もあって、「火のないところに煙は立たない」みたいな雰囲気が作られ、それがSNSなどを通して事実であるかのように拡散されていくという哀しい循環でした。 【藤井】 私もよく「火のないところに煙は立たない」と言われましたね。いったい誰がこんな言葉を作ったんだ、と思ったくらい、その言葉を恨みました。 【中谷】 そうした空気を作る人たちを私たちの目線から見ると「証拠・根拠がないフェイクニュースを鵜呑みにして、事実に基づかない内容を喧伝し、冤罪被害者を傷つけている人」としか思えないのですが、相手側をかばう人たちの目線で考えるとこっちは「ハラスメントをしたひどい奴」であり、「社会正義のためにやっつけよう」と思っている。SNSの時代に入ってからは、フィルターバブルやエコーチェンバーの現象で自分と似た情報を持つ人で集団が形成されがちなので、見えている景色の違いが大きくなりやすい。 一度そうした空気や雰囲気が特定の集団の中で醸成されると、証拠に基づいて事実を説明してもなかなか理解をしていただけません。人は他者を陥れることを主張したときに、それが間違っていたとしても周囲の目を考えると冤罪づくりに加担をした真実を認めて、振り上げた拳を降ろすことはなかなか難しいのだと思います。ただ親しく付き合っていたと思っていた人でも一方的に相手の言うことを信じて罵詈雑言を浴びせられたりしました。それに加えて、選挙が近い時期になると明らかな虚偽内容が記載された怪文書をバラ撒かれたりすることもあり、最近も被害に遭いました。 現状は、顧問弁護士と話し合い、虚偽事項の公表罪や名誉毀損罪などに該当すると思料いたしましたので、捜査と処罰をして頂きたいと考え、警察の方々にご相談をしながら刑事告訴の手続きを進めております。やはり、事実ではないことを主張して人を陥れる行為は極めて卑劣だと思いますし、私自身も虚偽の内容で名誉を傷つけられるのは本当にショックでしたね。 【藤井】 私のときも政治家=お金に汚い、政治家=悪という前提で、事件の詳細を知らないまま「政治家を懲らしめてやろう」という思いだけで大騒ぎしている人がいました。そうした固定観念を抱く人たちは、「政治家=悪」というストーリーを完成させるため、事件の一部や憶測を切り取って、ストーリーの追い風にしようとする。現実に、そんなストーリーを信じたい人はたくさんいて、どんどん話が大きくなってしまうこともあると感じます。こんなことを言っている私自身も、自分が逮捕されるまでは多くの政治家が悪だと思っていました。 ただ、その時の一時的な、情報だけを聞いた人の印象やイメージを変えることが難しくて、いまでも美濃加茂の近くにある大都市名古屋あたりに行くと「あれ、逮捕された人じゃないの?」という当時のイメージで止まっちゃっている人も一定数いますね。イメージだけで物事を決めつけてしまう傾向があるのは仕方のないことですが、SNSは、そのイメージの強化を助長する。非常に恐ろしいですね。 【中谷】 国際情勢のリスク分析を手掛ける米国の調査会社・ユーアシアグループが発表した「10大リスク」に「偽情報(フェイクニュース)の拡散による社会の混乱」を挙げています。 人工知能(AI)の進化とソーシャルメディア(SNS)の普及で、偽情報が拡散されやすくなり、「大半の人々には真偽の見極めができなくなる」との懸念を示し、人が真実を見抜くことが非常に難しい時代になったことを表しています。 フェイクニュースについては科学的にも研究が進んでおり、マサチューセッツ工科大学(MIT)の調査結果によると、正確な情報が記載されたファクトニュースよりも偽情報が記載されたフェイクニュースの方が6倍速く拡散するといいます。理由は事実とは異なるニュースは目新しく、人々の感情を扇動する内容が多いことが理由だそうです。 要するに自分たちがどれだけ証拠やエビデンスを持ち、立証して打ち返しても、感情を煽るフェイクが一度広まると、それを打ち消すのは極めて困難だということです。群馬県草津町の町長から性被害にあったと主張していた元町議が裁判の中で、訴えが虚偽だったと認めた事例がありました。 この事件の真相が明らかになる前には「セカンドレイプの町、草津」などと主張した団体がネガティブキャンペーンを行っていました。ここまで明確に判決が出て、冤罪づくりに加担をしていた人たちが追い込まれて初めて謝罪をしましたが、ここまで法廷闘争を行った町長の心痛ははかり知れないものだと思いますし、残念ながらいまでも草津町のイメージが必ずしも回復しているかと言えばそうではありません。