60歳で育児デビューも「できないことばかり」。いとうせいこうが“人生の断捨離”を考える理由
年を取るごとに「そぎ落としたい」という思考が強くなっている
――育児中はおのずと本を読む時間も少なくなりますよね。 いとう: なくなりますね。初期には少ない外出の間に、貪るように読んだりもしていたんです。でも、この頃は“読まない”っていう選択肢もあるのかもって思って。本棚に並んでいる本も、そろそろ自分のベスト100を決めてあとは処分しようかなと思ってるんです。今、ちょっと時間があるとすぐ本棚を見て「これはなくても良いな」、「これは読んだけどもう一度は読まないな」と考えてます。 ――実際に本を処分しているんですか? いとう: 知り合いの古本屋さんに売ってます。世の中に1000冊くらいしか出回っていない貴重な本もあって、捨ててはいけないと思うので、古本にして流通させたいんです。それに若い人に安い値段で本が渡るのはいいことじゃないですか。 そう思ったのも、家族が増えたからなんです。僕だけの家じゃないから、本を減らして子どものためにスペースをつくってあげないといけない。保管しておく本は、僕のためではなく子どもが大人になった時に役に立ちそうなものだけでいいんじゃないかと。 もう僕は60歳になったから、生きてピンピンしてるのもせいぜいあと20年か30年。だから、本に限らず「本当にこれが必要だろうか」って思うことが増えたんです。30年ちかくやっているベランダ園芸も、今ある植物たちを厳選すべきなのかもしれないと思い始めている。“そぎ落としたい”っていう思考が年を取るごとに強まっているみたいです。
コロナ禍で思う子どもたちのこれから
――コロナ禍でのご出産だったとうかがいました。やはり苦労も多かったですか? いとう: 実は出産予定日の3カ月くらい前に妻が出血しちゃって、病院に行ったら、いつ生まれてもおかしくないからってことでそのまま入院することになっちゃったんです。そうすると、コロナ禍なので父親は会いに行けない。何かを持っていくときも、直接妻には渡せないから看護師さんに渡すんです。その光景を妻がガラス越しに見てる、という感じでした。 情景がすごいなと思ったのは、一昨年のクリスマス頃にちょっとだけ雪が降ったときがあって、妻からLINEが送られてきたんです。「いろんな部屋から妊婦たちが出てきて、ガラスの窓のあるところに寄ってじーっと外を見てる」って。僕はそこに行けないけど、彼女たちがその雪にどんな恩寵を感じているか、それから、これを一緒に見たい人がいるのにと思っているだろうなと想像したら、ホントに泣けてきました。 コロナ禍で生まれた子どもについてもよく考えます。出産後、うちの子は1カ月くらいICUに入っていたからその期間うちの子はマスクした人しか見てない。しかも、病院を出てからもコロナ禍だからマスクするのが当たり前です。今までと違う環境で育つ彼らの幼少期の体験が、我々とどう変わっちゃうのかなどと考えてしまいます。わからないことばかりですね。 ----- いとうせいこう 1961年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、講談社に入社。1986年に退社後は、作家、クリエーターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動を行う。小説家として2013年『想像ラジオ』で野間文芸新人賞を受賞。テレビ・ラジオでのタレント活動のほか、音楽界ではジャパニーズヒップホップの先駆者として活躍。アクティビストとしても知られ、環境問題に取り組むほか、国境なき医師団の取材を重ねる。 文:佐々木ののか (この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo! JAPANが共同で制作しました)