【心理カウンセラー・中元日芽香(元乃木坂46)】”欲望”との向き合い方
「自分のなりたい推しになってほしい」――欲の“同一視”には要注意
心理学には、“同一視”というキーワードがあります。自分自身の存在を対象に重ね合わせて、物事を感じたり考えたりするという状態。推し活であれば、「推しにうれしいことがあると、自分のことのようにうれしい」「推しがSNSでたたかれたりしていると、自分もつらい」という共感がそうだといえます。 また、同一視は、「自分がかなえられなかった欲望・願望を相手に託す」という形でも起こります。例えば「野球選手になりたかったけれど、自分はなれなかった、だからその分、あの選手に活躍してほしい」というファンの心理。「アスリートやアイドルになりたい」という共通の夢でなくても“なりたかった自分像”を推しに重ねて、推しの成功を願うことも同一視のひとつです。 同一視が過剰になるとメンタルバランスをくずす一因になることは、この連載の第1回「推し活と距離感」・第3回「推し活と現実生活」でも語ってきました。推し活と現実の距離が近すぎて自分が見えなくなってしまうような状態は、ヘルシーとはいえません。欲についても同じことがいえます。 推しが夢をかなえることが自分の夢、という気持ちは素敵です。けれど本来、人はそれぞれ育ってきた環境や、今おかれている立場も違うもの。推しと自分の「こうしたい」という欲を想像の中で重ねすぎて、自分の100%を傾ける支えにしてしまうことは要注意。推しを失ったときに、一人で立っていられなくなる恐れがあるからです。 ヘルシーに推すためには「自分が自分自身で、本当に求めているもの」を見つめて、地に足をつけて一人で立つ、そんな姿勢が大切なように思います。
自分自身の欲は、自分自身のもの。人に託さず、人とくらべないのが大切
推される側も「自分自身がこうしたい」という欲を持つことは、とても大事。アイドル時代を振り返るとそう感じます。 推される側は、人気が高まるほど、たくさんのファンからの期待を受け止めます。私自身も「こうなって!」というファンの方々の欲に流されすぎずに、「自分が自分でこうなりたい」という欲を持っていたら「精神的にもっと強くいられたかな」と思います。 それから、10代のアイドル時代に経験したことがもうひとつ。「他人とくらべて、他人よりこうなりたい」という欲もまた、危うさがあるということです。 握手会で、自分以外の列にはすごくたくさん並んでいるのに、自分の列はそうでもない気がする。すると、自分には価値がないのかなあと思ってしまう。まわりのメンバーはみんな細いから、私ももっと細く見られたい。そうすれば価値のある自分になれるはず。そんな強迫観念から始めたダイエットはつらいものでした。食べたいものを我慢するけれどやっぱり長続きせず、欲が爆発してドカ食をいしてしまい自己嫌悪に陥ってしまう。ちょっと体重が増えただけで自分はダメだと落ち込む、という負のループからなかなか抜けられませんでした。 欲の出発点に自分という主体がなくて、第三者の目や社会的な立場が入ってしまうと、必要以上に欲深くなって無茶な努力をしてしまうのかも。これはアイドルという立場でなくても起こり得ることです。例えば、SNSにアップしてみんなからの「いいね」をもらうために大きな買い物をする。そうして買ったものは本当に欲しいものでしょうか? 一個手に入れたら「もっと目立つものを」「高いものを」とエスカレートしていくような気がしませんか? 誰がなんと言おうと「私はこれが好きで欲しい!」というお金の使い方のほうが、満足感も高くて心をヘルシーにしてくれるはず。やけ食いや散財のような欲の爆発も、自分自身にとってのごほうびや、頑張ろうと思う活力に変えることができれば素敵です。 推す側も、推される側も、“一人の自分自身”として、“自分自身のための欲”を持ち、満たしてあげることが心をヘルシーに保つ秘訣なのかもしれません。 心理カウンセラー&メンタルトレーナー 中元日芽香 1996年4月13日生まれ、広島県出身。2011年からアイドルグループ・乃木坂46のメンバーとして活動し、2017年に卒業。早稲田大学で認知行動療法やカウンセリング学などを学び、2018年にカウンセリングサロン「モニカと私」を開設。心理カウンセラーとして活動を始め、今に至る。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』(共に文藝春秋)。現在、ポッドキャストサイトPodcastQRにて、パーソナリティを務める『中元日芽香の「な」』を配信中 キャミソール¥42900・パンツ¥74800・ノースリーブトップス(参考商品)/natsumi osawa リング¥63800/イノメント(moiraxmel) グローブ・イヤカフ/スタイリスト私物 撮影/森川英里 ヘア&メイク/上野祐実 スタイリスト/辻村真理 画像デザイン/前原悠花 取材・文/久保田梓美 企画・構成/木村美紀(yoi)