3Dアニメーション技術の革新が止まらない
「Unreal Engine」などの進化によって、ゲーム用の3Dアニメーション作成のハードルが下がっている。モーション同士を組み合わせて特定のモーションを生成するサービスも出てきた。 【もっと写真を見る】
ゲームのキャラクターのアニメーションを簡単かつ美しく作成し、その管理を簡単にするというのは、ゲームの技術が発展する中で常に課題です。3Dアニメーションを作成するにはモーションキャプチャーを使うのが一般的ですが、コストがかかるうえで、その後にゲームに統合するのにも手間がかかります。3月の米Game Developers Conference(GDC)で、Epic Gamesが美しさと効率化を実現する「Motion Matching(モーション・マッチング)」という新機能を正式化すると発表しました。さらに、その機能に合わせたアニメーションの生成AI機能を開発するスタートアップも登場してきています。 状況に合わせてアニメーションをつなげる新機能「モーション・マッチング」 Epic Gamesが発表したのが、近くリリースされるUnreal Engine 5.4で正式バージョンとなるモーション・マッチングという新機能。複数のモーションをあらかじめデータベースとして登録しておいて、解析させておくことで、キャラクターの状況に合わせ、別のアニメーションを接続して生成してくれるというものです。アニメーションのつなぎ目がわかりにくくなるため、キャラクターはより自然な動きになります。2022年にUnreal Engine 5.1の実験的機能としてリリースされてから、順次アップデートが進められていたのですが、正式化します。 モーション・マッチングは、複雑化するモーションをシンプルに一括管理しつつ、アニメーション全体を美しく見せることを目的として2015年頃に登場した技術です。フレームごとに、登録されているアニメーションに全検索をかけて、より状況に応じたアニメーションが存在しないかを検索し、適切なアニメーションを再生するという仕組みになっています。 2017年に発売された剣士として戦うアクションゲーム「フォーオナー」(ユービーアイソフト)で本格採用されました。キャラクターの連続する攻撃モーションのスムーズさが、ゲームの魅力の一つとなっています。 その後、2020年のアクションゲームの「The Last of Us Part II」(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)にも採用されました。走っているときの方向転換や、移動直後の攻撃など、アニメーションの滑らかさが高い評価を呼んだ一因となりました。 それぞれのアニメーションがスムーズであるために、プレイ時の没入度を引き上げる効果があるかなり先進的なアニメーション技術でもありました。 ゲーム中のアニメーションをなめらかに見せたいという技術は長年において様々な工夫がされてきました。モーションキャプチャーをしたとしても、そのデータだけではゲーム中に使われるすべての動きを再現することはできません。階段のような高さの違いによる足の動きの違いや、ちょっとした体の向きの変更などのアニメーションデータをすべて用意することは現実的でなかったのです。それらをどうやって簡単に補完するか。モーション・マッチングは過去と未来の動きを含めて、データセットに合わせた高い忠実度のモーションを選択することで、自然なアニメーションを生成することができるのです。 Epic Gamesは、2023年12月の「フォートナイト」の「チャプター5 シーズン1」で、モーションマッチング技術を導入したバージョンへの切り替えをしています。歩行から走行、方向転換、武器使用の移行といったアニメーションの切り替えがよりスムーズになっています。過去の動きとの比較したユーザーも出ており、動画を見ると、アニメーションが滑らかになっているのがわかります。ただ、これまでのキャラクターの動きに変化が生じて、少し遅くなったと感じたユーザーも多く、導入直後は不満も出たようですが、適応は進んでいるようです。 ▲左がモーション・マッチング対応後、右が対応以前 Epic Gamesは自社のゲーム向けに開発した技術をUEに搭載する形で、新機能を提供していく戦略を取っています。ただ、使用するすべてのアニメーションデータを検索することが前提のため、処理するための負荷や計算コストが大きいという弱点もあります。特に、UEでは人気のあるロコモーション(運動)システムとして、「Advanced Locomotion System(ALS)」と呼ばれるものが普及していますが、これ以上の簡便さが期待されています。 「少女」と「ゾンビ」を混ぜると「少女ゾンビ」のモーションができるサービス モーション・マッチングの登場は、この10年あまりで特にインディースゲーム分野で進んだ動きを加速化していくことになるでしょう。UEマーケットプレイスなどで販売しているモーションを積極的に使っていく動きです。現在販売されているアニメーションの数は1000種類を超えており、走る、歩く、攻撃するといった大抵のゲームの基礎的な動きは揃えることができます。もちろん、自分でほしいモーションを探して適切に動作するのかの検証作業が必要というハードルはあります。数千円から数万円と値段にばらつきがあるのですが、品質が高いモーションも数が増えています。自社でモーションキャプチャースタジオを借りて、データを作成することを考えるとかなり安価です。また、UE5以降に標準化されたボーン構造に合わせたデータが大半なので、データさえ買えばそのまま動かすことができます。 そのため、基本的なモーションは購入して、ボスなどの特殊なモーションだけを自社で作るという考え方が一般化してきてます。インディーズゲームで複雑な3Dゲームが作りやすくなってきているのも、こうした技術的な背景があります。 そうした動きをさらに進めて、「3Dアニメショーションの生成AI」の実現を目指し、新製品の「モーション・マッチング」対応を発表したのが、スウェーデンのMotoricaというスタートアップです。大量のモーションキャプチャーのデータを拡散モデルで学習させ、状況を指定すると、それに合わせたアニメーションを生成してくれるクラウドサービスを展開しています。モーションキャプチャースタジオなしで、高品質なアニメーションの作成を可能にすることを目的としています。 GDCに合わせて発表したトレイラーでは、10代の少女のアニメーションを選択し、そこにゾンビのアニメーションの度合いを50%混ぜると、ゾンビっぽい女性のアニメーションに変わる様子が示されました。走る動きの速度なども指定すると、それぞれのアニメーションを生成してくれます。現在、システムはウェブ上のクラウドでサービスが展開されていますが、一般的な3Dツール用データだけでなく、Unreal Engine用のプラグインもあり、それを使うとそのままゲーム中に使える水準のアニメーションを生成し、ゲーム中に利用できるようになるようです。 生成AIとなっていますが、学習用のデータセットはどうなっているのだろうかという興味が湧きます。昨年11月に、Unreal Engineの公式チャンネル「Unreal Inside」のライブデモで、CTOのサイモン・アレクサンダーソン(Simon Alexanderson)氏がその質問に対して回答していました。インターネット上ではモーションキャプチャーのデータが簡単に手に入らないこともあり、「自分たちでデータセットを作る」という判断になったようです。自前のスタジオで、大量にモーションデータを撮影したそうです。「学習させたデータ以上のデータは出ないため、品質の低い大量のデータを学習しても良い結果にならない」ということに気がついたとか。 このアプローチの有利な点は、同じ歩くアニメーションでも、生成するたびに微妙に違ったアニメーションが出てくるという揺らぎが起きるところです。また、音声に合わせてジェスチャーをさせるといった使い方もできます。ただ、昨年までサービスされていたものは、指定されていた1種類のアニメーションを生成のみというもので、リアルタイムに様々なパターンのアニメーションが必要なゲームに応用するには少し壁がありました。 しかし、同社が発表した開発中の新システムの目玉は、UE5のモーション・マッチングへの対応です。プラグインを搭載した環境で、1つのアニメーションをセットすると、対応するアニメーションをまとめて生成するという仕組みになっています。1つのアニメーションに対して100~150のアニメーションを30分ほどで生成するという仕組みで、滑らかな移動アニメーションをまとめて作ることができます。「ALSよりもはるかにリアルなアニメーションを生成するため、ハイエンドスタジオが本当にゲームに導入したいと考えているものです」(サイモン氏) 現時点では、価格等は公開されていないので、利用するには大手ゲーム会社でないと難しい金額であることは予想がつきます。とはいえ、こういう技術は数年遅れて、一般化が始まってくること多いので、他社が追従するか、価格がこなれてくるのではないかと考えられます。 テキストプロンプトからアニメーションを生成するサービス「SAYMOTION」 一方、アニメーションの生成AIとしては、この連載でも一度紹介した米Deep Motionが、テキストプロンプトからアニメーションを生成するサービス「SAYMOTION」を発表しました。モーションキャプチャーなしに新規モーションが作れるという手軽さを売りにしており、現在β版を公開しています。 同社は2Dの動画から、アニメーションを生成する技術「Animete 3D」を公開しているため、おそらく、過去に生成された大量のアニメーションから学習させたものではないかと思います。精度としては、ダンスのモーションが「これはダンスなのか?」というレベルでまだまだ品質向上の必要性を感じますが、テキストから手軽にアニメーションを生成できる手軽さは人気が出る可能性があります。 ゲーム会社にとって、どのように、アニメーションを効率よく、かつ、美しく作っていくのかは切実な問題なのですが、アニメーション分野でも生成AI技術と活用が始まっており、それを応用しやすいモーション・マッチングの一般化は、この分野に変化をもたらす要因となっていきそうです。 筆者紹介:新清士(しんきよし) 1970年生まれ。株式会社AI Frog Interactive代表。デジタルハリウッド大学大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。現在は、新作のインディゲームの開発をしている。著書に『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。 ※訂正:初出時、Unreal Engineのバージョンに誤りがあったため訂正しました。(4月17日19時21分) 文● 新清士 編集●ASCII