通天閣てっぺんの謎の空間はテレビ塔計画の名残り?
通天閣てっぺんの謎の空間はテレビ塔計画の名残り?
大阪市浪速区の新世界にある観光名所で国の登録有形文化財となっている「通天閣」は、連日多くの観光客でにぎわいをみせている。そんな通天閣だが、てっぺんに手付かずの「空間」があるのを別の取材中に知った。なぜ、そのようなものが存在するのか?
その空間は、一般的に知られている、通天閣のお天気ネオンの中に存在する。ぱっと見ではわからないが、ちょうど東の方(天王寺動物園側)のネオンに、狭い観音開きの入り口があった。
通天閣観光の高井隆光副社長にお願いして、その中に入らせてもらった。天望パラダイスから、さらに上にあるお天気ネオン付近にはしごをかけてもらい、のぼってから身長170センチの筆者がかがんで入れるくらいの入り口をくぐる。すると、狭い円形の空間に赤色の大きな曲線が天井と床に4本のびる。そのほか、はしごなども設置されている。
高井副社長によると、この空間は「放送設備室」として用意されていたものだという。「元々、通天閣はテレビ塔としての役割を担う計画もあったそうです。そのために、ここで放送設備を設置するための空間があるわけです」 しかし「ここは(テレビ局のアンテナが建てられている)生駒山より低いですからねえ...だから『まぼろしの放送設備室』になりましたね(笑)」と語るように、その計画はなくなり、なにも手付かずのまま現在に至るという。 北側の壁にかなりレトロな黒電話がかけられていたが、それは建設時の名残りといったところだろうか。
さて、その外側は今でこそ当たり前のようにある「光の天気予報」となっているが、それが登場したのは1979年の話。 日立製作所によって設置され、日本気象協会関西支社の職員が専用の装置で操作し点灯させている(現在はネオン工事中のため点灯していない)。
この空間の天井には、通天閣のてっぺんにある避雷針部分へ登るためのハッチとはしごがある。現在は、旗をあげたりする際に通る空間となっている。もし、放送設備室としての役割を与えられていたら、こうした天気予報などはどうなっていたのだろうか? 60年の歴史を持つ2代目・通天閣には、まだまだいろんな歴史がありそうだ。