佐賀東高時代の辻さん＝卒業アルバムから、納富さん提供

　1980～90年代にプロ野球・西武ライオンズ（現埼玉西武ライオンズ）の黄金期を堅守巧打で支えた辻発彦さん（65）。現役を引退した後もコーチや監督として活躍し、厳しくも明るい人柄が多くのファンに愛されてきた。「人生はタイミング。チャンスが来たときに悔いが残らないように、自分を信じて進むだけ」と信条を語る。 【写真】試合前の西武ナインを見つめる辻さん

　野球の原風景は、小学生の頃に父の広利さん（2017年に死去）が何度も連れて行ってくれた福岡市の平和台球場だ。ナイターの照明。スタンドの熱気と打球の快音。西鉄（現埼玉西武）ライオンズにあこがれた少年は中学生になると野球部に入り、進学した佐賀東高では1年からベンチ入りし、身長も大きく伸びた。

　高2の頃、大工だった広利さんが椎間板ヘルニアで働けなくなった。「野球を続けている場合ではない」。真剣に退部を考えたが、監督や部長に引き留められた。チームの主将になると、秋の県大会では同校初の九州大会出場を果たし、ベスト8の結果を残した。同級生で野球部員だった佐賀市の会社員納富秀樹さん（65）は、「優しく人当たりもよかったので皆に愛されていた。練習熱心で野球はうまかったが、まさかプロで活躍することになるとは」と懐かしむ。

　実家は借金を抱えており、高校を卒業したら働くつもりだったものの、就職に失敗したことで、社会人野球の日本通運（さいたま市）に進むことになる。

　選手を終えた後も定年まで働ける。ただ、結果をださなければ1、2年でクビになるかもしれず、紹介してくれたOBにも申し訳ない――。「3年は死ぬ気でやろう」と、チームメートが休日に帰省したり、友達や恋人と遊んだりする間も自主練習に励んだ。新人が練習後に担う雑用をこなしてからもバットを振り込んだ。3年目頃から試合に出場する機会が増え、全国大会で逆転2ランを放つなどして名前が知られるようになった。

　社会人6年目、24歳の頃には、プロ10球団ほどから入団の誘いがあった。ただ、当時は腰を故障していて、「プロなんてとても無理」と感じていた。「プロの世界に飛び込むのはギャンブルみたいなもの」という思いもあり、全て断った。

　翌年、再び西武（現埼玉西武）ライオンズに誘われた。その頃には腰の痛みは消え、挑戦したい気持ちが膨らんでいた。とはいえ年齢的な猶予は残されていない。悩んだ時、脳裏に浮かんだのが父・広利さんだった。前年にプロを断ったことを報告すると、どこか残念そうだった。「挑戦することが親孝行になる」と、プロ入りを決断した。