アンガールズ・田中卓志「タレントは騒いで楽に稼げると思っていたかつての自分。その裏ですごく努力していたビビる大木さんの姿に今も励まされて」
◆芸人1年目は大木さんとの予定でいっぱい そんなストイックな大木さんは会うたびに、「今日は何をしていたの?」とか「なんか最近あった?」と聞いてきた。そこで、僕が最近あった面白い話をすると、大木さんはクスリとも笑わず、「トークが出来ないとだめだぞ!」とダメ出しをしてきた。一緒に遊ぶことがトークのスパーリングになっているみたいなところがあって、プロボクサーを相手にふるう素人同然の僕のパンチは、空を切るばかり。 それでも僕と遊んでくれるのだから、何とか笑ってもらいたくて、大木さんと会う前に喋ることをノートにまとめたりするのだけれど、全くうまくいかない。面白い話も出来ないので、せめて誘いは断らず、待ち合わせにも1秒たりとも遅れないことが、自分に出来る唯一のことだった。 芸人1年目。スケジュール帳が大木さんと遊ぶ予定で真っ黒になっていた。 一緒に遊ぶのは基本的には楽しい時間なのだが、たまに面倒くさい時もあった。 ある日、大木さんが「伊豆の踊子」を観たいと言うのでレンタルビデオ屋さんに行くと、歴史がある作品のため、吉永小百合さんや山口百恵さん他、色々な俳優さんの主演でリメイクされており、複数の「伊豆の踊子」がそこに並んでいた。 大木さんは「どれが一番良いんだろうな……」と悩み始め、僕が「とりあえず一番新しいのを借りて観ますか?」と聞くと、「いや、とりあえず、これと、これと、これの3本借りて、全部観よう」 と言い出した。時刻は夜の11時30分。 冗談かと思ったら、大木さんはギラギラと本気の眼をしていた。
◆2本目が終わったのは朝5時 深夜の1時に1本目の上映開始。 孤独な生い立ちの学生が伊豆へ旅行に行って、旅芸人一座の踊り子の女の子に恋をする物語だった。 3時くらいに観終わって、そこから2本目。 主演や監督が替わっていても、ストーリーが同じなので、はっきり言って何のワクワク感もない。 でも大木さんは「ここのシーン微妙に違うな……」と、興味津々。 後輩の僕としては「確かにここ、もっと長い尺でやってましたもんね」と相槌を打ち、さらに、大木さんばかり違いを発見していたら集中していないように見られるので、自分から「ここ全然セリフ違いますね」と言ってみたりして、眠いということを悟られないようにしていた。 2本目が終わったのは朝5時。 流石に寝てくれ! という僕の思いも空しく、大木さんは「よし、3本目を観よう」と借りてきた中で一番古い時代の「伊豆の踊子」をビデオデッキに差し込んだ。 その作品は昭和の初期に作られ、映像も白黒で、画面に筋が入ってパチパチしていた。この時間からこのクオリティの映像を観るのは疲れるなとため息が出そうになるほどだったのだが、大木さんは「うわ~これは、凄いな~!」とより興味を持って観ていた。 「そうですね!」と返しながらも、学生が出てくるなり、彼の恋路の悲しい結末はもう分かっている。