「夢二の東京さんぽ手帖」刊行…洋食にスイーツ、竹久夢二が愛した名店
東京は第二のふるさと
今年、生誕140年、没後90年を迎えた大正ロマンを代表する画家、竹久夢二(1884~1934)ゆかりの街や老舗などを紹介するガイドブック「夢二の東京さんぽ手帖」(税込み2200円)がこのほど、中央公論新社から刊行されました。 【写真】竹久夢二の日本画を新発見…裁判で世話になった弁護士への返礼品 本書は、夢二の視点で約100年前と現在を比較しており、東京の街並みや店舗の変遷を知ることができます。著者は、夢二研究を先導してきた竹久夢二美術館(東京都文京区)の学芸員・石川桂子さんです。 16歳で上京して以来、神楽坂、雑司ヶ谷、大森、早稲田、渋谷などで暮らした夢二は、49年の生涯のうち約30年、東京を拠点に活動しました。 1923年の関東大震災の後、岡山の両親に送った手紙には、「余は東京を故郷と定め申し候」とつづっています。夢二にとって東京は、出身地岡山と並んで思い入れが深い「第二のふるさと」だったのです。 また、「婦人公論」1924年5月号から本書に収められたエッセー「東京地図」では、次のような印象的な文章も残しています。 「物心がついてからずっと東京に住んだ私にとっては、一片の東京地図は、実に有機的な私の人文科学史です。いろんないやな記憶さえ、自分を憐む材料にさえ役立ちます」。 東京にいかに愛着を持っていたかがうかがえるような筆致です。
食道楽でハイソだった夢二
夢二は、最先端のファッションや文物に敏感で、無類の「食道楽」をも自認していました。 それだけに、本書で紹介されている老舗の飲食店や菓子店、文具店、人形店、百貨店などは、今でも多くの人々に愛され続けている名店ぞろいです。 ◇「竹葉亭 本店」のうなぎのかば焼き ◇「銀座千疋屋」のフルーツポンチ ◇「新宿中村屋」の純印度式カリー ◇「不二家」の洋食 ◇「コロンバン」の洋菓子 ◇「空也」のもなか ◇「丸善 日本橋店」の文具や書籍 ◇「菊寿堂いせ辰」の千代紙 ◇「山野楽器」の楽譜 ◇「資生堂」の化粧品 夢二が目にしたであろう街の風景や店舗の様子を具体的にたどれるように、明治から大正期の絵はがきや写真、さらには当時の主要な交通手段だった市電の路線図「東京市内電車案内」を収録。 夢二が記した日記やエッセーなどをもとに、店舗の具体的なエピソードも紹介されており、「婦人画報」の1925年12月号から本書に収録されたエッセー「変な買物」では、紳士洋品の老舗「銀座田屋」について、「専門の店で好いもの、信用出来るもの、親切な仕事をしてくれる分業の店もなくてはいけません(中略)田屋は帽子と言った調子」などとつづられています。
「夢二が見た東京」に思いを馳せる
夢二は、記者として約5か月間勤務した読売新聞社を筆頭に、朝日新聞社、講談社、新潮社、中央公論社(現・中央公論新社)など計12の新聞社・出版社の刊行物において仕事をしました。 関東大震災から2週間後、都新聞(現・東京新聞)でルポルタージュ「東京災難画信」を21回にわたって連載し、震災後の街や人々の様子を鋭い視点で観察したことなど、当時の夢二の充実した仕事ぶりがうかがい知れます。 もし今、夢二が生きていたら、どんな店や名所に足を運んだのだろうか。どんな絵や文章を書いただろうか――。そんな想像をしながら、本書のページを繰るのも面白いかもしれません。(読売新聞メディア局 市原尚士)