「ラグビー日本代表史上初のベスト8」に貢献した藤井雄一郎監督の「まるで双六のような人生」
あえて「地獄」をつくりだす
従前の文化も残す。ジュビロでスクラムを指導し、それと同じ役目を藤井やジョセフのいた日本代表でも務めた長谷川慎氏も、藤井と同じタイミングである23年秋にブルーレヴズに入閣。前監督の堀川隆延氏も防御担当のコーチを担っている。 温故知新の体制が提供したのは、計算しつくされた「地獄」だ。 23年のフランス大会前にジャパンへスポットコーチとして招いたタックルの専門家、ジョン・ドネヒューを1年目に客員指導者として招き、それぞれの限界点にひびを入れた。 格闘技要素のあるセッションの合間、誰かが膝や腰に掌を置けば連帯責任で全員が腕立て伏せ。ある時は、誰かがそのペナルティーを犯していたのを目視しながらもしばらく「泳がせ」て、突如、すごんだという。その内容を選手が証言した。 <手をついたやつがいるだろう。チームに正直になれ> 2年目から、藤井はこの鬼軍曹を常任のアシスタントコーチにする。常にプレッシャー下にあるラグビーで勝つには、本番に向かう前に何らかの「地獄」を乗り越えるのが必須だと看破している。 ファーストシーズンの第3節には、一昨季王者のクボタスピアーズ船橋・東京ベイを撃破。伝統のスクラムと、サニックス時代をほうふつとさせる新味のアタックの合わせ技による。 特筆すべきは、着任したばかりの、それまであえて攻め手を限定した感のあるブルーレヴズに斬新なアタックを導入したことか。グラウンドをいっぱいに使う万事をハイテンポで進めるという大枠を示し、具体的手法をトレーニングで磨いた。 既存の組織に新しい仕組みをスムーズに落とし込めた理由について、本人は「俺、天才やから」と笑った。 「そこ(展開スタイルの落とし込み)が、俺の自信があるところやからね」
新シーズンへの手応え
第6節以降は現役南アフリカ代表のクワッガ・スミス主将を怪我で欠いたが、次第に入団したての大卒留学生を相次ぎ起用するようになった。 戦術理解に苦労するであろうことを織り込み済みで、それぞれの持ち味であるパワーを存分に活かせるよう攻め方を工夫した。 「ついつい代表やサンウルブズのレベルで考えすぎて、『パワーはあるけど…なぁ』という選手よりもバランスのいい(意図を)わかってくれる選手を使っていたんよね。でも、怪我人が出てきてからはそうも言っていられなくなって、俺も覚悟を決めた。パンチ力はあるから、そこだけを使うような形に。(当該のランナーの)仕事量を極限まで減らす」 練習量を増やし過ぎたという中盤戦、一般的に疲れの生じやすい終盤戦にこそ連敗を喫するも、それ以外の時期は優勝争いの常連に迫るなどファンを楽しませた。順位は一昨季と同じ12チーム中8位で終え、この年末からの新シーズンに手応えをにじませる。 レギュレーション上、前年度の中盤戦以降にブレイクした留学生組ら複数の海外出身者が外国人枠と無関係に起用できるようになっているのだ。 その分だけ隠れた海外の逸材を獲得でき、選手起用の幅を広げられる。生来のサービス精神からか、昨季終了間際にこう漏らしたものだ。 「来年は、ええところへ行くかなと」 12月21日、本拠地のヤマハスタジアムで新しいシーズンの開幕節を迎えた。 スクラムのたびにバイクのエンジン音がスピーカーで鳴る雨天下のグラウンドで、昨季同一カード2連敗のコベルコ神戸スティーラーズを15―13で下した。ノーサイド直前の逆転勝利だった。
向 風見也(スポーツライター)