『ゴジラ-1.0』で世界から注目 25歳VFXアーティスト・野島達司に聞く“液体表現”の世界
『ゴジラ-1.0』が第96回アカデミー賞®視覚効果部門を受賞したのは、世界的な快挙だ。VFXの世界では、潤沢な予算を持つ作品はどうしても有利になるが、ハリウッド映画を抑えて同賞を受賞したことは、世界中のVFXアーティストにとっても勇気づけられることだったに違いない。 【写真】野島達司が手がけた『ゴジラ-1.0』の海のエフェクトシーン その『ゴジラ-1.0』でひときわ高く評価されたのが海のエフェクトだ。その海のシミュレーションを担当し授賞式にも出席したのが、白組所属の25歳、野島達司だ。元々コンポジター(複数の素材を合成させて映像を完成させる役職)として入社した彼が、どうして海のエフェクトを作ることになり、世界から絶賛されたのか。野島氏のキャリアと仕事へのこだわりについて話を聞いた。 【プロフィール】 野島 達司(のじま たつじ) エフェクトアーティスト / コンポジター 1998年生まれ、東京都出身。 幼少期に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』と出会い、VFX制作に興味を持つ。2019年にコンポジターとして株式会社白組に入社。多数のCM、映画、ミュージックビデオのVFX制作に参加。コンポジターとして勤務する傍ら、趣味でシミュレーションによる液体や爆発のエフェクトを制作。映画『ゴジラ-1.0』(2023)では、大規模な海のシミュレーションも担当した。 ・高校生のときからプロの現場に参加 ――野島さんは高校生の頃から、『スレイブメン』などプロの映画の仕事をされていましたよね。どういう経緯で高校生がプロの現場に参加することになったのですか。 野島:『スレイブメン』に携わったのは高校3年のときですね。昔、「KIKIFILM(キキフィルム)」という高校生の映画製作集団があったんです。当時僕は中学生だったんですけど、VFXができるから少しだけ重宝されたんです。そのメンバーに松本花奈さんという方がいて、この方の作品が素晴らしく、『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』に選ばれたんです。そこから色々な案件が松本さんのもとに来るようになって、VFXできる高校生がいるらしいと噂が広まり、『スレイブメン』のプロデューサーの方と知り合って参加することになりました。 ――『スレイブメン』の前から、色々な映像を作っていたわけですね。 野島:いま観ると全然大したことないですけどね。ちょっと加工したくらいのもので、VFXと呼べるようなものではないです。アフターエフェクトを触り始めたのは中学1年くらいからで、YouTubeに短い動画をアップするのが流行っていたから、最初はその波に乗っかるくらいの感覚でした。当時はクリエイターになろうとか全然考えていなかったです。 ――その後、野島さんは2019年に白組に入社されますが、きっかけはSNS経由でのスカウトだったそうですね。 野島:はい。僕の自主製作や参加させてもらった映画のショーリールをSNSにアップしていたら、それを見ていただいたようで、「オフィスに遊びに来ませんか」と声をかけてもらいました。オフィスに2度目に行ったときからもう仕事を始めていましたね。 ――当時、野島さんはまだ学生でしたよね。 野島:そうですね。大学1年の春休みで、すごく暇だったところに誘いが来たんです。まだ1年生だったので、3年後の就活時には白組へ入社できる保証がなかったので、1年だけ休学してバイトをし、次の年に大学を辞めてそのまま正社員として入社しました。 ――白組には、コンポジターとして入社されたんですか。 野島:はい。いまはエフェクト作りと半分ずつくらいで行っています。自分がそれまでやっていたことがコンポジットに関することだったので、そのままコンポジターとして入社することになりました。前からカメラいじりなどは好きだったので、CGから始めたわけではないんですよ。 ――白組に入社して、まずは『コードブルー』などのコンポジットをされていますね。『アルキメデスの大戦』や『STAND BY ME ドラえもん 2』あたりまではコンポジット専門で、2021年『ゴジラ・ザ・ライド』あたりからエフェクトもやるようになったわけですか。 野島:そうですね。最初は実写のストックとして地表が爆発するエフェクトを合成するという話だったんですけど、カメラワークが激しくて立体感がなく、2Dの素材を貼りつけてるように感じてしまったので、僕がCGで作りました。 ――最終画面を預かるコンポジターとして納得できないから、自分で作ったということですか。 野島:できるとは言ってなかったので、事前に頼まれたわけではないのですが。「できる」と言ってしまうとやれと言われるので、自由にできないじゃないですか(笑)。できないはずの人がやってくるのが面白いと思うんです。 ――それが許されるのは白組の社風なんですかね。 野島:おそらくそうなんじゃないかと。自主的に研究する人もいるし、いいものができたら見せる、みたいなことはありますね。 ・第96回アカデミー賞®視覚効果部門も自身での手ごたえは「全然まだまだ」 ――ともかく『ゴジラ・ザ・ライド』で作った爆発がきっかけで、エフェクトもやるようになったわけですね。 野島:その出来がよかったのか、それ以降がっつりエフェクトをやる雰囲気が出始めて。『ゴーストブック おばけずかん』でも一反木綿のエフェクトや滝の制作に携わり始めました。 ――『ゴジラ-1.0』では、海のエフェクトが高く評価されていますけど、いつ頃から海のシミュレーションをやり始めていたのですか。 野島:大学1年のときに、時間があったので趣味で始めました。友達が船をモデリングして、それが海に倒れるだけの映像なんですけど。そのころはまだそんなに上手くなかったです。 『パイレーツ・オブ・カリビアン』が好きだから、潜在意識でああいう映像に憧れがあったのかもしれないですね。シミュレーションはいまもやってます。これはピアノの練習みたいなもので、やり続けていないと衰えるんです。 ――野島さんのなかで、水のエフェクトの面白さはどんな点にあるんですか。 野島:形状が変化し続けるのが面白いところですね。形状が変化するたびにポリゴン数も変わるし。それに、水って誰もが日常で触れるものじゃないですか。それが変な動きをすると面白いと思うんですよね。ファンタジーじゃない実在する物体が色々な動きをするのが面白いというか。 よく見ると水の動きって変なんですよ。スローモーションで見るのと普通に見るのとで全然違って見えるし、バケツをひっくり返したときとクジラが出てくるときも違うし、どこまでも追求できるんです。映像表現を追求していくなかで、動きの面白さに興味を惹かれてしまうのが水の魅力ですね。 ――山崎貴監督は取材で、社内に海のシミュレーションできる人がいたから、映画の見せ場を海のシーンにしてみようと思ったとおっしゃっています。実際に監督から脚本の段階で、海のシーンを映画の見せ場にすると相談はされたのでしょうか。 野島:山崎さんは相談とかあんまりしないですね。単純に僕が趣味で作ったものを会社のパソコンで眺めていたら、「これ、作ったの?」みたいに横から言って去っていくみたいな感じでした。それに何の意味があったのか全然知らなかったんですけど、まさか脚本に書いてくるとは思いませんでした(笑)。 ――海のエフェクトを頼まれたのは、どのタイミングだったんですか。 野島:プロジェクトのためにサーバーやマシンを増強して、新しくしたときですね。「このスペックで足りる?」みたいな話になって、「これ僕のマシンなんですか?」みたいな感じでやることになりました。 ――そんなしれっと決まったんですね。 野島:そうなんです。「君はこれをやりなさい」と言われる感じではなく、できる人がやって作っていこう、みたいな。 ――ちなみに、野島さんのYouTubeにはHoudiniで作ったビーチのシミュレーションがありますね。 野島:あれは、『ゴジラ-1.0』で海のエフェクトに携わることになり、自主練していて初めて上手くできたなと手ごたえがあった映像です。山崎さんが『ゴジラ-1.0』の脚本を書いていたときに見ていたものではありません。山崎さんが見たのはテクスチャリングする前の全然大したものじゃなかったので、なぜあれを見て海のシーンを増やそうと思ったのかは不思議ですね(笑)。 ――今回、視覚効果部門を受賞されたわけですが、ご自身のなかで完成度に対する手ごたえはどのくらいなんですか。 野島:まだあまり実感が湧かないですね。水といえば、アメリカのScanline VFXという会社がとてつもない映像を作っているし、個人の技術では足元にも及びません。受賞することができたのは映画そのものが良かったというのももちろんありますが、映像のクオリティそのものはまだまだ進化できる部分があるのではないかと感じています。 ――実際、オスカー®授賞式やVFXのベイクオフのときに、向こうのクリエイターに何か言われたりしましたか。 野島:スピルバーグ監督にお会いしたときは、カメラの距離感とか水の細かさの関係など、技術と演出に関する話をしてくれました。会場の熱気もすごかったので、全部は聞き取れなかったんですが……(笑)。 ほかにも水が良かったと言ってくれる方はいたんですが、僕的には不思議に思うところもあって。だって、ハリウッド映画はもっとすごいクオリティの映像を作っているじゃないですか。 ――目指すべきロールモデルとなる作品などはありますか? 野島:ハリウッド映画はみんな高い水準だと思っていますが……個人的にはIndustrial Light & Magicのクオリティを目指していきたいです。『マンダロリアン』という作品に、水からワニみたいな生物が出てくるシーンがあるのですが、その水の表現のクオリティがめちゃくちゃ高いんです。一瞬のシーンなのに、それでもこれだけハイレベルなものを作るのかと驚きました。 ――今後、挑んでみたいことはありますか。 野島:液体に関することはひと通り挑戦して、まだ誰も見たことのない映像を作りたいです。あとは爆発ですね。爆発はかなり開拓の余地があると思っていて、完成形のレベルにまで行っているのは、Wētā FX (旧 : WETA Digital)やIndustrial Light & Magicくらいで。実写の映像と比べるとCGの爆発って本当に全然違うので、密かに研究しようかなと思っています。
杉本穂高