大堀彩 パリ五輪確実 バドミントン女子単、初出場 福島県会津若松市出身 富岡高卒
■福島の「逸材」ついに 夢への再挑戦しぶとく強く 「進化できるよう努力」 好敵手との熾烈(しれつ)な代表争いの末、夢の切符をつかんだ。バドミントンのアジア選手権の結果、女子シングルスでパリ五輪行きを確実にした福島県会津若松市出身の大堀彩(27)=トナミ運輸、富岡高卒=は1年に及ぶ代表選考で、実績に勝る奥原希望(29)=太陽ホールディングス=を2度破り、日本勢2番手の座を保った。東京五輪出場を逃してから3年。少女期から将来を期待された「逸材」が心身ともにたくましさを増し、初の大舞台に立つ。 再挑戦となったパリへの選考では前回と違い、しぶとかった。男子の有力者が集う所属先で長いラリーに耐える体力を鍛え、長丁場のレースで目前の勝敗に一喜一憂しない精神力を磨いた。昨秋の杭州アジア大会で銅メダルに輝き手応えを得ると、以降もポイントを重ねた。それでも奥原を「高い壁」と評し挑戦者の立場を崩さなかった。
迎えた五輪イヤー。負傷から復帰した奥原がポイント差を詰め、2枚目の切符を巡る争いは大堀、奥原のマッチレースの様相に。大堀は2月のタイ・マスターズで奥原を破ると、翌3月のフランス・オープンでも直接対決を制し、第一人者の追い上げをかわした。 父均さん(55)、母麻紀さん(55)ともに実業団選手という家に生まれ、6歳でラケットを握った。トップアスリートを育てる双葉地区教育構想の拠点だった富岡一中に進み、長身と左利きを強みとした攻撃的なプレーで頭角を現した。 ただ、競技人生は平たんではなかった。中学2年終わりに東京電力福島第1原発事故が起き、富岡一中、富岡高ともに猪苗代町に活動の場を移した。 パリへの選考が佳境となる中、大堀は母校の流れを組むふたば未来学園中・高バドミントン部の3月発行の記念誌に一文を寄せた。苦手に向き合いスタイルを変え、勝つためのシミュレーションを重ねたこと、その結果、五輪を戦う位置にたどり着いた喜びをつづり、「進化できるよう努力を重ねる」と結んでいた。歩みを止めない姿勢を貫いた先に、夢舞台は憧れから現実となった。