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学習塾の自粛で“居場所”失う子たち

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THE PAGE

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、東京都が休業を要請した事業者の中に「学習塾」が含まれています。新宿区を拠点に活動する、食事つき個別指導型無料塾「ステップアップ塾」もその1つです。ただ、この塾は他の学習塾と大きく異なる点があります。それは、家庭が貧しい、保護者が育児放棄している、などの理由から、学習機会はもとより食事すらも自宅ではまともに得られない生徒を受け入れている点です。子どもたちに安全な居場所を提供してきたこの塾が休業するとどのようなことが起きるのでしょうか。塾長の濱松敏廣さん(43)に考察してもらいました。

荒れる父と向き合った少年時代

「なんだぁ!? この野郎は!? 金儲けばっかりしやがって!」  仕事から帰って来るなり酒を飲み、テレビを見ながら怒りを溜めていく父。酔いがまわる夜八時半頃、家族の些細(ささい)なことがきっかけで狂人がごとく荒れ狂う父の姿を見て、私は育った。  その頻度は盆暮れ構わず、少なくとも毎週2回はやって来る。子どもの誕生日だろうが大晦日(おおみそか)だろうがお構いなし。全ては「父の気分次第」。  怒り狂う父の怒鳴り声とともに、散らかるのはたいてい母の手料理。「ガシャーン」「メキメキ」とガラスが割れる音や、叩き壊されながらもキラキラと美しく光る砂壁の埃(ほこり)も、幾度となく見てきた光景だ。  まるで梶原一騎の描く有名漫画の食卓のようだが、違うところと言えば「もういい加減にしてよ!」と泣き叫びながら、末っ子の私を含む3人兄弟の前に立ち塞がる専業主婦の母がいてくれたことだろうか。

ありがたかった塾の存在

 学歴差別を受けたことがあるのか、真意のほどは分からない。某大学を卒業し、定年まで有名な証券会社に勤務していた父はことあるごとに「中卒のくせに」とテレビのタレントや政治家に向かって毒を吐き、異常とも呼べるほどに人種差別発言を繰り返していた。  そんな姿を見ていたからであろう。9歳離れた長兄が大学受験を控えた歳になると、小学校高学年になった私は自然に大学進学を意識し、駅にして2つ先にある進学塾に自転車で通うようになった。  その塾では週に2回、夕方の6時からびっしり3時間半のカリキュラムが組まれているため、帰りが夜の10時を過ぎることは普通のことだった。ただ、悲しいことに育ち盛りの身体としては夕方の5時に早めの夕食を食べていたとしても、家に帰れば腹が減る。  帰宅するなり、「ただいま。何かご飯……」と言いかけるもその都度、散らかった家具や目を腫らせながら笑顔で話しかけてくる母の顔を見れば、子ども心にもその日に過ぎ去った嵐が想像できるため、何かを食べるとしても父から隠れるように食事を済ませねばならない。  次第に私は心の安寧(あんねい)を求めて小遣いをねだり、塾で知り合った他校の友達と授業の帰り道に立ち喰い蕎麦屋によることが楽しみになっていった。  塾は、本当にありがたい存在だったのだ。

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