河合優実が語る『あんのこと』。薬物依存や過酷な家庭環境……現実のなかに映画が見出した「救い」
先入観や思い込みを徹底的に壊していく
―杏は子どもの頃から母親の虐待を受け、経済的な貧しさのため売春を繰り返し、深刻な薬物依存で、学校教育もちゃんと受けられていない。あまりにハードな環境のなかで生きてきた人物です。映画の中で河合さんご自身が杏として生き直すために共感の糸口になったものってありますか? 杏の中に入っていく回路になったものと言いますか。 河合:やはりハナさんについて記者の方に話をお聞きしていたときなんですけど、役を理解するうえでひとつ助けになったのは、「記憶の中のハナさんの姿やイメージってどんな感じですか?」って質問したときに、「いつもニコニコ笑っていて、人見知りというか照れているような感じ。仲のいい大人と一緒だとその人の陰に隠れたがるような、ちょっと幼い女の子のような印象」とおっしゃっていたことです。 多分それは、私が杏を演じるうえで設定や属性だけ見ていたら、自分からは絶対出てこない印象だなと思って。それを聞いたときに、初めて杏の姿を具体的にイメージできた気がしましたね。 ―確かに実年齢からすると、杏の服装や佇まいにはどこか幼い印象がありますね。外見や日常でどういう格好をするかというのも、内面の表出だと思います。杏が身につけるアイテムなども、記者さんとのお話をベースに決めていったところもありますか? 河合:ありますね。今回、衣装は大きかったです。それがなかなか決まらなくて。 ―試行錯誤はあった? 河合:そうですね。衣装合わせを2回したんですけど、入江監督やスタッフの方々と、何度も話し合いを重ねながら慎重に決めていきました。例えば新しいお洋服を気軽に買い足せるようなお金もないし、もしかすると小学校6年くらいから同じ服をずっと着ているんじゃないか、みたいなことを想像して。何となく家にあったお母さんやおばあちゃんのお下がりを着ているんじゃないか、とか。小学校で学校に行くのをやめているので、そこで外とのつながりがストップしちゃっていることが、中身の幼さやあどけない印象につながっているのかなと。 たぶん、杏がいつも背負っているリュックを決めたときに、イメージがひとつ固まったんだと思います。きっと街ですれ違っても、そんなハードな環境に居る子だなんて絶対気づかないよねっていうことが具現化した瞬間でした。 ―荒れた境遇と本人の印象のギャップといいますか……ただそれも、こちらが勝手に抱いている偏見からのズレに過ぎないんでしょうね。 河合:そう思います。私にもやっぱり先入観や思い込みってありますし、まずそのバイアスを徹底的に壊そうって思いましたね。 私自身とは境遇があまりにも離れているので、そうなると、あらかじめ刷り込まれてる既成のイメージをなぞっちゃいそうになるときもあったんです。いままでやった役って自分とそこまで離れていなかったんだなって改めて思ったんですけど……行動原理が自分と違えば立ち居振る舞いも変わってくるので、今回は細かい部分について考えることが本当に多かったですね。 リアリティという点で言うと、映画の物語を知ったうえで杏を見ると、社会性を育んでこられなかった人物で、薬物を常習的に使っていることが身体的にも表現されていないといけない。でも例えば、通りすがりの人が、彼女のある日常のひとコマだとか断片的な瞬間だけ接したとき、スルーできてしまうラインというか。 そういう杏の姿を目指しましたし、明確なゴールが見えないなかで、私自身が納得しながら撮影を進めていけたのは、チーム全体でひとつひとつ必要な描写を丁寧につくっていけたからかなって思います。