『第三の男』はなぜ映画史に残る屈指の傑作となりえたのか ※注!ネタバレ含みます
『第三の男』あらすじ
アメリカの売れない作家ホリー・マーティンスは、旧友ハリー・ライム呼ばれて、四国管理下にある戦後のウィーンにやって来た。ホリーは現地に着くやいなや、ハリーが交通事故で死亡したことを知る。ハリーの死に立ち会っていたという第三の男の行方を追って、ホリーは独自に調査し、真相を探っていく。
※本記事は物語の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。 カンヌ国際映画祭で最高賞、アカデミー賞撮影賞などを受賞し、「映画の教科書」、「史上最高のイギリス映画」などと評価されてきた、キャロル・リード監督による1949年のフィルム・ノワール『第三の男』。日本では本国から遅れて約3年後の公開となり、当時はそれまでの期間、伝説化していたタイトルでもある。 しかし、それも遠い時代となってしまった現代から見ると、『第三の男』がなぜそこまで評価されるのか、作品を鑑賞したとしてもいまいち分かりづらく感じるかもしれない。ここでは、観客や批評家、クリエイターに大きな印象を残した本作『第三の男』の魅力や画期的な試み、そして日本人にもよく知られたテーマ曲など、興味深い背景を分かりやすく解説していきたい。
大抜擢により生まれた著名なテーマ曲
映画冒頭より流れるテーマ曲(「ハリー・ライムのテーマ」)は、本作のことを全く知らない多くの日本人にも、聴き覚えのあるものなのではないか。じつはこの曲、日本の大手ビールメーカー「サッポロビール」の商品「ヱビスビール」のCMに使用されたことで知られている。東京の恵比寿には、かつてサッポロビールの前身となるビール工場があり(いまではその場所は「恵比寿ガーデンプレイス」となっている)、そのイメージによりJR恵比寿駅の発車メロディとして、いまでも『第三の男』の曲が恵比寿に響いているのだ。 この、サスペンス映画にしてはかなり牧歌的に感じられるテーマ曲は、本作の舞台となるオーストリア、ウィーンの作曲家で「ツィター奏者」であるアントーン・カラスによるもの。カラスは本作の音楽を担当するまで、ウィーンのホイリゲ(酒場)でツィターを演奏し、客からのチップのみで家族を養うという、貧しい生活を送っていたという。 キャロル・リードは、妻や『第三の男』のスタッフたちとともにオーストリアに滞在したおり、当時イギリスでは珍しかったツィターの音色とカラスの演奏に感激し、それまで無名だったこのツィター奏者に音楽を任せるといった大抜擢をおこなった。カラスは第二次大戦後のオーストリアでは考えられないような高額の報酬を得ただけでなく、名作『第三の男』の作曲家として著名な存在となっていく。 日本のツィター奏者の草分け的存在であり、アントーン・カラスに師事した内藤敏子は、書籍「激動のウィーン『第三の男』誕生秘話: チター奏者アントン・カラスの生涯」にて、本作とカラスとの関係を詳細に伝えているので、より深掘りして知りたい方は一読をお薦めする。 (マッターホルン出版「激動のウィーン『第三の男』誕生秘話: チター奏者アントン・カラスの生涯」) そんな現地の作曲家による、陽気で親しみがありながら哀愁漂う旋律は、音楽が盛んな「楽都」と呼ばれる歴史ある都市ながら、ナチスドイツの支配と戦争の災禍によって荒廃し、四つの国によって分割統治された当時のウィーンの光景に不思議とマッチしている。そしてサスペンス作品としては悠長に感じられる、実験的とすらいえる試みが醸し出す独特なムードこそが、登場人物たちの感情やシリアスな展開とは一線を画し、外国からやって来た主人公を突きはなすような逆説的な“冷たさ”、“ほろ苦さ”を作品にもたらしてもいるのだ。