社員に「圧倒的な当事者意識」を生む効果も…事業承継の新たなスタイルとして脚光を浴びる「MBO・MEBO」という手法【経営コンサルタントが解説】
社員中心の「圧倒的な当事者意識」を持つMEBO経営の事例
A社は年商数十億円の中堅企業で、輸入販売の専門商社である。最先端技術を駆使した特殊機器の国内市場は小さく、高い専門性も必要なことから、極めてニッチな業界である。その中にあって、売上規模こそ大きくないが、毎年連続して黒字を計上し、政府が2030年までの実現を各企業に働きかけている「女性管理職比率3割」「70歳までの就業機会の確保」「年功賃金から同一労働同一賃金、実力主義への移行」などの目標を20年以上前からいち早く実現しており、多くの経営者などが注目している企業である。 A社は、かつて現東証プライム上場企業の子会社であった。その親会社は、株高を維持するための多角化路線によりバランスシートを肥大化させた後、オイルショック時の売上急減と原価高騰による財務状況の悪化により、経営危機に直面した。 親会社は合理化を進め、工場の売却や社員のリストラを推進したが、この時、労働組合の委員長として社員面談を担当したのがA社の現会長であった。その後、A社の再建を託され、社長として親会社から転籍。トップダウンで経営を刷新し、モチベーションを上げることを最重要視してきた結果、黒字経営が定着したそうである。 しかし、黒字経営定着の本質は、社員に「圧倒的な当事者意識」を植え付けられたからである。それを体現したのが、親会社からの独立であった。親会社との企業文化の違いや、人事面での幹部昇進や役員登用、財務面の機動性確保など、独立を検討すべき理由が重なったなかで、親会社からも独立の打診があった。 そして、IPOやM&A、MBOを検討するなかで、最終的に選んだ手法がMEBOであった。この会社の場合、「IPOでは人を見る経営が難しくなり、お金(市場)を見る経営にならざるを得ない」「M&Aは、親会社が変わるだけで経営の自由度が制限されるのは同じではないか」「MBOは経営陣だけがオーナー意識をもち、うまくいった場合も経営陣だけがキャピタルゲインを得ることになる」という意見が出たためである。 具体的には、役員・社員で出資して持株会社を設立し、持株会社でA社の株式を買い取るスキームを描いた。ファンドは入れず、買い取り資金は全額金融機関からの借入金で賄った。 そして、A社は経営陣、一般社員、新入社員、パートや派遣出身の社員、定年再雇用した社員なども出資する全員が株主の会社になった。全員が株主なので、会社が利益を上げると5~10%の配当金が出る。それもあって、ほとんど全員が「自分の会社」という意識で、子会社だったころの甘えや、どこか他人事のように考える傾向は払拭されたそうである。これが、「圧倒的な当事者意識」である。 ここで重要なのは、MEBOしたから社員の当事者意識が高まったのではなく、それ以前よりモチベーションを高める努力をしてきたからこそ、全員が「出資して株主になり、経営に参画しよう」と考えたという点である。「人を大切にする経営」の真髄がここにある。