老化を抑え、20代のまま未来を迎えることができる? マウス実験がその可能性を示唆
「若いままで歳月を過ごしていける」「老いない人生」。そんな未来の可能性を提示するのは、生命科学者の早野元詞氏だ。老いの制御に深く関わるエピゲノムの機能を研究で解明した。老化を加速させたマウスから見えてきた老化スイッチとは? 早野氏の新著『エイジング革命』(朝日新書)から、一部抜粋・再編集して紹介する。 【写真】長生きがかなわず逝った妻に号泣した芸人はこちら * * * ■エピゲノムを押入れに喩えれば 老化の抑制に重要な役割を果たす「エピゲノム」。 押入れ全体をDNAだとします。そこには必要な道具がいろいろ揃っています。その中から、必要なときに必要な道具を必要に応じて使う。つまり、遺伝子を使って必要なタンパク質を体内で作る。 ところが、長年使用しているうちに(=加齢に伴って)、最初は整理整頓されていた押入れの中が、ごちゃごちゃと乱れてくる。たとえば、掃除機を使いたくてもどこにあるのかわからない。その結果、掃除機で掃除をすることができない。 それでは困るわけです。 必要なのは、押入れを元通りに整頓してくれるハウスキーパーです。このハウスキーパーの役割を果たしているのが、どうやらサーチュイン遺伝子だとわかってきました。具体的には、サーチュイン遺伝子によって作られるタンパク質「サーチュイン」が、押入れを整理してくれる。つまりエピゲノムを修正してくれるのです。 レシピ本の喩えでいえば、間違ったところに貼られてしまった付箋紙を、正しい位置に貼り直してくれるのがサーチュイン遺伝子です。ただし一つ問題がありました。 サーチュイン遺伝子も、加齢と共に衰えていくのです。だから、押入れの整理を適当にしてしまったり、付箋紙を貼り直す場所を微妙に間違ったりする。 ということは何らかの方法でサーチュイン、すなわちハウスキーパーを元気づけてあげられれば、またしっかりと押入れは整理整頓されるはずです。
このサーチュイン遺伝子を活性化してくれる化合物が、「NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」と呼ばれる酵素です。もともと細胞内にNAD+はありますが、加齢に伴い減少していきます。そこで、それを補う化合物として、先述のNMNというサプリメントが注目されているのです。 サプリメントとしてNMNを体内に取り込めば、それがNAD+に変換されて、サーチュイン遺伝子が活性化される。よって押入れが再びきれいに整理されて、必要なものを必要なときに使えるようになる。 つまり、老化を制御できるわけです。 ■老化スイッチが見えてきた 私の老化研究のスタートは、「ICE(for Inducible Changes to the Epigenome:エピゲノムを変化させて老化状態にした)マウス」の作製からでした。 ICEマウスは、遺伝子のDNAの一部を人工的に傷つけることによってエピゲノムを変化させた、いわば、老化を加速させたマウスです。 研究方法は、初めに普通のマウスからICEマウスを作り、次にそのICEマウスの老化を治療する。要するにわざと押入れを揺らして、いったん中をごちゃごちゃにしてから元に戻す(=治療する)のです。その際、押入れの中のものがすっかり壊れてしまっているのか、それともただ整理されていなかっただけなのか。後者ならば、整理されなくなっただけで本当に老化は加速するのか、それらのプロセスを10年以上かけて研究し続けました。 この論文は、シンクレア博士のリーダーシップと、共同第一著者で友人でもあるヤン博士のぼう大なデータ、そして多くの共同研究者の支援によって2023年、アメリカの科学学術誌『セル(Cell)』に掲載されました。もちろんそれは学術論文なので、わかりやすく言い換えて説明したいと思います。