野球の改革、広まって センバツ、埼玉の少年が東北高に注目するわけ
選抜高校野球大会が開幕する18日、第1試合で山梨学院と対戦する宮城・東北高に熱い視線を注ぐ人々が埼玉県にいる。東北高監督の佐藤洋さん(60)が2022年8月に就任する前、野球教室で指導していた子どもたちだ。「佐藤さん」と呼んで慕った監督と選手の活躍を心待ちにする。 佐藤さんは東北高、社会人の電電東北を経てプロ野球・巨人で主に内野手としてプレー。現役引退後は知人と作った会社などで、少年野球の指導に取り組んだ。07年、宮城県南三陸町で開催した公募型のキャンプで、自身の自宅もある埼玉県内の保護者らと意気投合。11年春にNPO法人「日本少年野球研究所」(同県熊谷市)を設立した。 「勝利を偏重しがちな少年野球の現場について、佐藤さんに『聞いてください』と保護者の立場で思いをぶつけたのがきっかけでした」。南三陸町での出会いを、現在は研究所長を務める高橋雅彦さん(58)はこう振り返る。ハードな指導や練習、試合過多による故障で子どもたちが野球から離れているのを憂え、「子どもたちの成長と将来、野球の未来のための改革が必要だ」と訴えていた佐藤さんと思いが一致した。 NPO設立の準備を進めていた11年3月11日、東日本大震災が発生した。翌4月、高橋さんは佐藤さんとともに南三陸町などの避難所に向かい、全国から寄せられたグラブ約300個、バット約400本などを、被災して野球道具を失った子どもたちに届けた。これが、研究所としての活動のスタートとなった。 現在、野球教室は埼玉県熊谷、行田両市と宮代町の3カ所でそれぞれ週1回、夜間に学校の体育館などを借りて開催し、計約40人の小中学生が参加している。高橋さんや、埼玉・昌平高で監督を務めた設楽典宏さん(64)らが、佐藤さんの不在を埋めている。 勝つための技術指導はしない。まずは、真っすぐ立ち、足を真っすぐ踏み出す。体のバランスを意識し、体を壊さないように投打の基本の動きを身につけることを重視する。逆立ちや、背中の筋肉を伸ばすブリッジ運動、側転してからのキャッチボール--。「東北高の選手も、やっているんだよ」。高橋さんが子どもたちに声を掛ける。 ウオーミングアップのメニューは中学生が中心になって決める。トス打撃やミニゲームの準備の際も、年上の子どもが慣れない子に教え、指導役の大人からはほとんど指示が出されない。「中学生がリーダーシップを発揮できるようになる。東北高も生徒の自主性に委ねていると聞きます。通じるものがあると思う」と高橋さんは狙いを語る。 佐藤さんから留守を預かる形で教室に加わった設楽さんはもともと高校教諭。立正大でも西口文也・現西武2軍監督らを育てるなど実績を積み、国学院栃木コーチだった00年センバツでベスト4入り。かつては「鬼コーチ」でもあったというが、「野球をさらに素晴らしいスポーツにするために、少年野球がまず意識改革する。大切なのは勝負でも、指導者の思いでもなく、子どもが野球を通して成長すること」と佐藤さんに共鳴した。「東北高が甲子園に出場することで『改革』が浸透したらよいですね」と「同志」に期待する。 佐藤さんの不在で、教室の参加者は約20人も減った。だが、今も練習を続ける子どもたちの励みは、格段にレベルの高い東北高で、佐藤さんが「子どもたち、選手たちの成長のために」というこの教室での指導理念を貫いていることだ。「同じトレーニングをしている」「将来は、自分も入学したい」。東北高に、そんな大きな期待を寄せている。【藤倉聡子】