NBA挑戦の河村勇輝が先輩・八村塁から受けた金言を明かす「常にポイントガードがコントロールしないといけない」<DUNKSHOOT>
9月3日、Bリーグの横浜ビー・コルセアーズは横浜BUNTAIで「ウエインズトヨタ神奈川presents 河村勇輝選手出港式」を実施。NBA挑戦のため渡米を控える河村勇輝が、ビーコルの選手として最後のイベントに参加した。 【動画】河村勇輝、プロデビューからNBA挑戦までの軌跡 メンフィス・グリズリーズとのエグジビット10契約に合意し、10月の開幕に向けたトレーニングキャンプに参加する河村。横浜BCは3日付けで退団し、イベントの最後にはセレモニーでファンへの感謝を語った。 「僕は9月中旬に渡米しNBAに挑戦します。昔から憧れだったNBAの舞台のチャンスが、今自分の目の前にあることが正直、不思議でなりません。このようなチャンスを頂けたのも、常に寄り添ってサポートしてくれた家族、ご指導してくださった指導者の皆様、ともに戦ってくれたチームメイト、ファン・ブースター皆様のおかげです。 ですが、まだスタートラインに立っただけです。必ず2WAY契約、NBA本契約を勝ち取り、NBAのコートに立って、皆様に良いご報告、恩返しができるように頑張っていきたいと思います」 本人の言うように、NBA入りの挑戦はここから始まる。日本人ではこれまで、2004年に田臥勇太が最初の壁を破り、18年に渡邊雄太が2WAY契約、19年に八村塁がドラフト1巡目指名を受けて現在まで活躍を続けている。 イベント後の会見では、今夏のパリ五輪で共闘した八村から、次のように助言を受けたことを明かした。 「NBAでプレーするためには常にポイントガードがコントロールしないといけない。常にコミュニケーションを取って、どれだけ先輩であっても、どれだけスーパースターでも、やっていないことがあれば注意してやらせなければいけない」 英語の勉強にも力を入れている河村だが、「英語力は100が満点だとしたら10ぐらい」と発展途上。特にポイントガードはチームの攻撃を司る役割が求められるため、プレーヤーとしての実力はもちろん、言葉の重要性も今後はさらに増してくるだろう。 NBAでプレーした先人たちはいずれもアメリカの大学に通っており、文化に馴染む時間もあった。河村にとってはすべてが初の体験となるが、先輩・八村やともに挑戦する富永啓生ら仲間の助けも得て、世界最高峰の舞台に挑む。 構成●ダンクシュート編集部
【関連記事】
- 今季を含む“3年”でNBA定着を目指す河村勇輝。渡米前最後のイベントで決意「まずはGリーグで、アメリカでプレーできることを証明する」<DUNKSHOOT>
- 八村塁がNBAのPFランキングで24位に。現地メディアが選定「レイカーズにとって非常に生産的なロールプレーヤー」<DUNKSHOOT>
- 八村塁は再びシックスマン起用の可能性も?現地メディアがレイカーズの“新先発候補”をピックアップ<DUNKSHOOT>
- 男子バスケ・河村勇輝は「日本のスーパーヒーロー」FIBA公式がサプライズプレイヤーに選出!「どれほど優れた選手になるか計り知れない」【パリ五輪】
- 【パリ五輪】河村勇輝がNBAの“小さな巨人”を魅了!リーグ史上最小160cmのボーグス「この若者のプレーを見るのが大好きだ」<DUNKSHOOT>