「幸福になる恋愛のゴールは?」岡村靖幸が某アーティストの言葉から考えた、恋愛において絶対に譲れない条件
岡村靖幸さんの対談集『幸福への道』の出版を記念して行われたトークイベント。素敵な本屋さん(東京・麻布台ヒルズの大垣書店での「夜の読書会」ということで、特別に岡村さんの愛読書を紹介してもらいました。イベントの最後にはファンのみなさんから募集した「幸福」にまつわる質問に、岡村さんがひとつひとつ真摯にお答えする場面も! 【画像】ファンからの質問に答える岡村靖幸さん。
岡村の愛読書『富士日記』の魅力
――今日は「夜の読書会」ということなので、岡村さんの愛読書についても伺いたいと思います。岡村さんは、武田百合子の『富士日記』を繰り返し読まれているそうですね。 岡村 はい。この本は本当に素晴らしいんです。武田百合子さんは、旦那さんが作家の武田泰淳さんで、彼女自身はずっと専業主婦だった。文筆活動はなさっていなかったんですが、昭和39年、1964年に富士の裾野に家を買って、そこで夫婦で暮らすようになり、旦那さんに勧められ、そこでの日々を日記に綴るようになる。そしてそれは、旦那さんが亡くなる1976年まで、12年間続いた。それをまとめたのが、この本なんです。 ――少し補足しておくと。武田百合子は1925年、大正14年、横浜生まれ。裕福な家に育ちます。女学校時代は詩や文章を書くのが好きだったそうで、新聞の詩歌欄に投稿をしては入選したりもしたそう。そして、戦後、出版社に就職するんですが、出版社の社長が経営する文壇バーの女給をやらされるようになり、そこで武田泰淳と出会う。そして恋に落ち、同棲を始め、いろいろなんだかんだを経て、1951年に泰淳と結婚、一人娘ーーこの方は後に写真家・武田花さんとなりますーーを授かり、家族3人になるわけです。 岡村 とにかく、彼女の文章の中に、あの頃の、1960年代70年代の昭和の空気がそのままつまっているのがいいんです。主婦の日記ですから、今日は何時に起きて、今日の料理の献立はこうで、夕方になると酒屋からビールがワンケース届いて、家に誰がやってきて、酒の肴はこういうのをつくって、テレビではこんな番組をやっていて、というごく普通の日常が綴られている。もちろん、作家の家ですから、有名な評論家や編集者が家にやってきたり、面白いエピソードもたくさんあります。 とにかく、武田百合子という女性の日常が、実に生き生きと描かれているんです。不便な田舎暮らしではあるけれど、めいっぱい生活を楽しみ、どんなことに笑い、どんなことに怒った、ということも書かれている。独特の視点があるんですね。ユーモアのセンスもすごくあるし。 ――非常に文章がうまい人ですよね。もともと文才のある人だったんだなと。ですから、彼女にとっての「デビュー作」がこの『富士日記』。夫の死後、「武田泰淳追悼号」で日記の一部を発表したのがきっかけとなり、編集者の勧めで出版するに至り、そこから彼女の随筆家としての活動が始まる。実に50代になってからの文筆家デビューとなるんです。 岡村 ほんと、面白いです。僕は、何回も何回も読み直しているんです。 ――文庫版では上・中・下とありますが。 岡村 好きなところから、適当に開いて読むんですよ。日記ですから、どこから開いてもいい。別に順番なんて関係ありませんから。 ――他人の日記って、すごく面白いですよね。私も日記文学は結構好きで、『ウォーホル日記』をよく読むんです。悪口ばっかり書いてあって(笑)。でも、岡村さんがおっしゃるように、「何を食べた」とか、そういったなんでもない記述が妙に刺さるんですよね。 岡村 「週刊文春」で小さな漫画の連載、やってるじゃない。エッセイ漫画。 ――ああ、『日々我人間』ですね。 岡村 そう。桜玉吉さん。僕、ああいうのが好きなんです。あとそう、翻訳家の岸本佐知子さんも『富士日記』を絶賛されていました。読んだことがない人はぜひ読んでみてください。