松山英樹のマスターズ 12年間の足跡<前編/2011-2017>
◇メジャー第1戦◇マスターズ 事前情報◇オーガスタナショナルGC(ジョージア州)◇7555 yd(パー72) 【画像】アジア勢として初のグリーンジャケット 松山英樹が13回目の「マスターズ」を迎える。初挑戦の2011年にローアマチュアとなり、21年にアジア勢初のタイトルを獲得する輝かしい足跡を残してきた大舞台。今年は2年ぶりのツアー優勝を飾るなど期待の高まる開幕を前に、オーガスタに挑み続けてきた12年間を2回に分けて振り返る。
2011年/東日本大震災に心を痛めて…ローアマの快挙
「72」「73」「68」「74」=「287」 通算1アンダー27位 前年「アジアアマ」の優勝で日本人アマ初の出場を決めた翌年の本戦1カ月前。3月11日に発生した東日本大震災により、在学中の東北福祉大がある宮城県仙台市が被災した。オーストラリア合宿中だった松山は帰国後に被害を知って出場を迷ったが、周囲からの後押しを受けて渡米を決めた。 初めて挑んだオーガスタでの戦いで、6人いたアマチュアで唯一予選通過。日本人最年少となる19歳1カ月での決勝進出を18位で決め、最終的に通算1アンダーの27位でフィニッシュ。アジア勢として初のローアマチュアに輝いた。
2012年/最終日に自己ワースト「80」 ローアマならず悔し涙
「71」「74」「72」「80」=「297」 通算9オーバー54位 アジアアマを連覇し、アマチュアとして2年連続の出場。「まずは予選通過をして頑張りたい」と戻ってきた大舞台で、思わぬ結末が待ち受けていた。 14位で迎えた2日目は苦戦しながらも31位で予選通過。決勝ではパトリック・カントレー、ケリー・クラフトとローアマを争う展開だった。3日目を27位で終えてライバルたちを6ストローク以上も引き離していたが、最終日は1バーディ、7ボギー1ダブルボギー、大会自己ワーストの「80」と崩れて54位に後退。カントレーに2打差でローアマを譲り、悔し涙を流した。
2014年/プロ初出場のマスターズで唯一の予選落ち
「80」「71」=「151」 通算7オーバー68位 アジアアマ3連覇を逃して13年大会の出場権を得られず、世界ランキング50位以内の資格を求めて13年4月にプロ転向。同年は日本ツアー賞金王に輝く活躍でランクを上げ、プラン通り2年ぶりの出場を決めた。「まずは予選を突破して、そこからは勝てるゴルフをしていきたい」と意気込んだが、週末を前に姿を消す結果となる。 初日はグリーンの速さに適応できず39パットを喫し、自己ワーストに並ぶ「80」。2日目は「71」で回ったが、カットラインに2打及ばなかった。13年4月のプロ転向後、これが米ツアーで初の予選落ち(棄権を除く)。アマチュア時代を含むメジャー6試合目で初めて決勝に進めなかったとともに、12回の出場で唯一の予選落ちとなった。