私のモットーだった、創造的な仕事をするための3つの条件~ソウル、インチョン(前編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
■韓国とMERS 2023年9月。今回は、「Korean Association of Immunologists」というところからの招待講演の依頼を受けての訪韓である。この打診を受けた際、私には、ついでにひとつ、掘り下げておきたいことがあった。それは、MERSに関する共同研究のことである。 MERSとは「中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome)」の略であり、MERSコロナウイルスの感染によって引き起こされる病気である。MERSコロナウイルスは、2012年に見つかった新しいコロナウイルスで、その感染症は、サウジアラビアなどの中東の国々で散発している。ラクダがウイルスを持っていると考えられていて、それがヒトに時折スピルオーバー(異種間伝播)しては、散発的な流行を繰り返している。報告にもよるが、MERSコロナの致死率は30%を超えるとも言われており、非常に危険な感染症であると言える。しかしその流行は基本的に、ラクダがたくさんいて、ヒトとの接触も多い、中東の国々にかぎられていた。 ――が、このMERSコロナウイルスのアウトブレイクが、2015年に韓国で発生したのである。中東からの輸入例が院内感染につながり、アウトブレイクを起こしたのだ。最終的に、186の感染例が報告され、36人が死亡した。これは、中東諸国以外の国での流行としては最大規模である。 新型コロナウイルスをきっかけにコロナウイルスの研究を始めた私は、これからの研究の展開を模索していた。その研究対象の候補のひとつが、このMERSコロナウイルスである。新型コロナウイルス、SARSコロナウイルス、そして、MERSコロナウイルス。ヒトに重篤な病気を引き起こすこの3つのコロナウイルスについては、すべて研究対象としてカバーしたいと考えていた。 その研究を進めるためには、MERS患者の臨床検体が必要である。しかし日本では(幸いにして)MERSの発症例がないので、日本国内ではいくら頑張ってもそれを入手することはできない。しかし韓国には、MERSを発症し、回復した人たちがいる。