“原爆の街”をなぜ映画に? 『リッチランド』監督に聞く、アメリカ社会が抱える矛盾
原爆サバイバー3世のアーティストとの出会い
――もう一人、重要な登場人物として原爆サバイバー3世である川野ゆきよさんがおられますが、彼女とはどのように出会ったのですか? ルスティック:制作当初から、日本人の方を出さなければと考えていましたが、誰が適任かわからなかったんです。リッチランドに日本人は住んでいませんし、この映画はあの町を重視している作品なので、突然日本に取材に行くのも違うなと思っていました。そんな時に、ハンフォード・サイトの国立公園での公聴会に川野さんが参加していて、そこで私は彼女に出会ったのです。当初は、この映画に日本人を登場させるにはどうすればいいかを相談していたのですが、彼女のアートは素晴らしいですし、原爆に関する活動をされているので、適任だと思いました。彼女は、映画撮影以前にも一度あの町を訪れたことがあるそうです。撮影時に、川野さんは二つのセレモニーに出席しました。一つは国立公園主催のもので、もう一つは町のコミュニティが主催したセレモニーです。そして、最後に映画のエンディングとなる、彼女の作品を展開するシーンを作ろうと相談しました。 ――あの地に日本人が行くのも、ある程度覚悟のいることだと思います。同様に、アイリーン監督は日本でこの映画について語ることに何か不安に思うことはなかったですか? ルスティック:いいえ、これまでにも色々な場所で上映して、多くの意見に触れてきました。私はどんな意見でも聞きたいと思っていますし、映画を観た方たちがどう感じたのかを吸収する立場であり続けたいと思っています。 ――アメリカではどのような反応が多かったのですか? ルスティック:ドキュメンタリー映画ですから、この映画の観客層は一般的な娯楽映画を好む層とは異なると思いますが、好意的な反応が多かったと認識しています。私が懸念していたのは、核問題に対して賛成・反対という分断が助長されることでしたが、多くの観客は私の意図を理解してくれたと思います。リッチランドでも上映されました。普段はブロックバスター映画を上映しているシネコンで、このようなドキュメンタリー映画が上映されるのは珍しいことですが、地元の関心が高く実現できたんです。実は、今年の8月にロスアラモスでこの映画を上映する予定です。あの地には、核政策に深い関わりのある人が多く住んでいますから、上映後にどのような対話ができるか楽しみにしています。
杉本穂高