TSMCはなぜ熊本を選んだのか
今や、熊本は日本の半導体産業の中心地というだけでなく、経済安全保障を考える上で欠かせない戦略的な拠点となっている。その背景には、もちろん台湾積体電路製造(TSMC)の第1工場が建設され、今年から稼働が始まったことがあるが、それにとどまらない大きな変化が、熊本を震源地にして、日本中に広がっている。なぜ熊本がこれほどの注目を集めることになったのだろうか。それは、日本政府が長らく温めてきた半導体戦略と、次世代の経済政策に向けての戦略がここから始まっているからである。 (『中央公論』2024年10月号より抜粋)
台湾に集中する半導体製造工程
日本が半導体戦略を組み立てていく上で、重要な論点になったのは、日本の産業が必要とする半導体を製造する企業を、日本国内に呼び込むことであった。2020年から始まる新型コロナウイルスによるパンデミックが世界中を覆うことで、半導体の供給と輸送の能力が落ち込み、グローバルに拡大したサプライチェーンのあちこちが寸断されたため、半導体の安定供給が不安視された。その一方で、新型コロナによるステイホーム政策は、半導体を多く使うスマートフォンやゲーム機などの需要を高め、世界的な半導体不足が起きることになった。その結果、日本でも給湯器に必要な半導体が得られず、修理ができなくなるといったことや、Suicaなどの非接触ICを使うカードが発行できなくなるなど、半導体不足が実体経済に影響を与えることとなった。 こうした半導体不足の経験は、半導体製造が台湾に集中していることへの懸念を増すこととなった。先端半導体と呼ばれる高度な計算機能を持った半導体の多くはTSMCがほぼ独占的に製造しており、それ以外の汎用性のある半導体(レガシー半導体)もTSMCや聯華電子(UMC)といった台湾企業が生産している。こうした台湾への半導体製造能力の集中は、地震や台風といった自然災害や、中台関係の悪化による軍事的な衝突(台湾有事)が生じることによって、半導体供給が断絶されてしまうというリスクを抱えることになる。そのため、日本のみならず世界的に、半導体供給の安定化が求められるようになった。