現代人が時間に追われないようにするために必要なことは?
やりがいから病みつきに
いずれにせよ、優秀な学生はすぐに、この「スーパーブースター」状態に病みつきになる。「優秀な人の場合、仕事に埋もれる感覚はすごい効果がある。このような状態が心底大好きで、すぐにフルタイム2人分ぐらいの仕事をこなすようになる」と、コーチング会社「ウーマン・インパクト」の創設者シーヌ・ランズマンは言う。「仕事を素早くうまくこなしているときの、無限に働けそうな感覚、有能感ほど楽しいものはありません」とも言う。それは自分が評価されるための一手段だったりする。「評価なしには死んだも同然です。なので私たちは徐々に、自分の行動でどんな評価が得られるかに基づいて時間を使うようになるのです」 対応力が評価される経済社会では、通常の仕事に加え、急ぎの仕事やギリギリの仕事を積み重ねることが、評価を得る最も確実な方法とさえなっている。育児と仕事の両立を目指す働き盛りの女性の多くは仕事をきちんとこなせているか悩み、こうした仕事の状態に陥りがちだ。映画プロデューサーのポーリーヌもそのひとり。「朝起きた段階からもう遅れています。いろんなことをひきうけすぎて、前日の24時間では到底片付かない仕事量なのです」と言うと、「コロナ禍のロックダウンの時期が懐かしくなることがあります。当時は緊迫した情勢でしたが、社会的な要求がなくなり、自分のプロジェクトにじっくり長期間取り組む時間がずっとあったからです。そうしたことがわかっていても、何らかの要請があればまっさきに手を挙げてしまうのです」
時間を楽しむ
哲学者のエティエンヌ・クランはこのような状態を「人生に酔っている状態。忙しいと生きている実感がするからだ」と説明する。しかしながら予定を詰めこみ過ぎるとレッドゾーンに足を踏み入れることになる。「すべてが順調な間は、効率的に働き、締め切りも守れる。しかしこのような状態がずっと続き、ストレスを感じるようになると逆効果になる。そして私たちはたいていそのことに気づかない」と哲学者は指摘した。働きすぎでアドレナリンを出し切ってしまうと「物事をじっくり考える時間がなくなり、間違った決断をして壁にぶつかってしまうこともある」とシーヌ・ランズマンも言う。最悪の事態を避け、時間を取り戻し、さらには一歩先んじる喜びを得るために、シーヌ・ランズマンはコーチングを受けにやってきた客に、付加価値のない仕事は断って別な人に任せることをアドバイスする。やってみれば「とても簡単なこと」なのだそうだ。 しかし、それは本当に簡単なことなのだろうか? 遅刻をやめるには、まず遅刻を受け入れること、と哲学を大学で教える精神分析医のエレーヌ・ルイエは言う。彼女が2020年に上梓した著書『Éloge du retard(遅刻礼賛)』(Albin Michel出版)では、パスカル的なパラドックスが説明されている。「時間がないと思い、私たちはそのことを嘆くけれど、その実、私たちが一番恐れるのは時間が余ることなのです」と言う。だから私たちは時間を楽しむ方法を学び直す必要がある。メールの返信をすぐさま出さねばという気落ちに抗い、一呼吸おく。退屈すること、予想外の展開を受け入れる余裕を持ち、読書する楽しみを取り戻すことがそのための道となる。エレーヌ・ルイエは「瞑想の中にこそ、創造性と喜びが生まれるのです。時間の喪失を受け入れることが真の喜びの前提条件だとさえ言いたい」と語った。電車の時間(ぎりぎりまで)取材を受けていたエティエンヌ・クランは、前向きな結論を出そうとした。「時間が足りないと私たちがイライラする。それは私たちが幸福というものを信じ、それを無駄にしたくないからだ。やりたいことが全部できたらどんなに幸せだろう、誰もが思っている」のだ。だからこの幻想を捨てること自体が、時間を取り戻すことにつながる。