【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第23回「懸賞」その5
今日の髙安があるのは、まさに栄二さんあってこそ
落ちぶれて、袖に涙のかかるとき、人の心の奥ぞ知る、という民謡の歌詞があります。 コロナ禍の中、ドタバタしながらもなんとか令和3年初場所が幕を開けましたが、初日直前の緊急事態宣言で観客数を急きょ、5000人に減らさざるを得ませんでした。 試練、また試練ですね。 でも、幕内の取組にかかる懸賞は、たった100本減っただけで1300本を数え、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「こんなときに、非常にありがたい」と涙を流さんばかりでした。 ところで、あの懸賞、手取りが1本3万円ですが、力士たちはいわゆる小遣いとしてではなく、実に上手に使っています。 そんな懸賞のおもしろい使い道を紹介しましょう。続編は後日。 ※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。 【相撲編集部が選ぶ秋場所14日目の一番】ともに立ち合い強烈! 玉鷲と髙安が勝って優勝争いは千秋楽決戦へ 懸賞はすべて父へ 力士たちはおしなべて孝行者だ。親孝行したいので入門した、という力士も少なくない。 平成28(2016)年秋場所7日目、東関脇の髙安は横綱鶴竜(現音羽山親方)に得意の左四つになり、右を巻き替えに来たところをセオリーどおり攻め込んで寄り倒し、5勝目を挙げた。残念ながら関脇なので金星にはならなかったが、この日を境に6連勝し、二ケタ勝ち星に乗せるきっかけとなる貴重な勝ち星だった。しかし、引き揚げてきた髙安は淡々としたもの。 「まあ、たとえ相手は誰でも白星に変わりはないですからね。ただ、前に出て勝てたのは、すごく自信になりました」 と横綱を食ったばかりとは思えないような顔で振り返ったが、獲得したばかりの11本の懸賞の束を見て初めて表情を崩した。 「今日は父の(66回目の)誕生日なんですよ。これ、全部あげようかな」 新弟子時代の髙安はなかなか相撲部屋の空気になじめず、6回も、7回も、飛び出している。脱走したのだ。そのたびに父親の栄二さんは連れ戻し、 「どうか、息子をいじめないでください。お願いします」 と兄弟子たちに土俵にひざまずき、頭をこすりつけて頼んだこともあったという。今日の髙安があるのは、まさに栄二さんあってこそ。髙安からこのさまざま思いのこもったバースデープレゼントをもらったときの栄二さんの胸の内を想像すると、こちらも胸が熱くなりますね。 月刊『相撲』令和3年2月号掲載
相撲編集部