「12球団調査書」「1位もある」中学時代“控え捕手”からドラフト候補投手に…神戸弘陵・村上泰斗を初めて見た日の“事件”「152キロだって…!?」
「結構速いんで、注目したってください」
第2試合が始まる前、神戸弘陵の監督である岡本と話す機会があった。その際に、岡本から“売り込み”があった。「途中から投げる2年生が結構速いんで、注目したってください!」 当時投手に転向して1年あまりの村上である。取材で関西圏に足を運ぶ機会が少ない自分にとっては、聞きなじみのない選手で、手元のスマートフォンで検索したのだが、記事などは見つからず。少なくともこの時点では、目立った実績はないようだった。そうこうしていると、試合は中盤を迎え、瘦躯の投手がマウンドに上がる。村上だ。 完全なる私事だが、3年ほど前にスピードガンを購入し、球場に行く際には携行している。日ごろの取材エリアにスピードガンが設置されていない球場が多いこと、しばしばささやかれる「この球場の球速表示は当てにならない」「右投手の数字は正確だが、左は怪しい」などの各球場が持つ“クセ”に振り回されたくないと感じるようになったことなどが理由だ。 いつものようにスピードガンを構えていると、村上が快速球を立て続けに投げ込む。初球で145キロを計測すると、146、144、147、146、148、146……。2年生の夏前という時期を考慮すると、「結構速い」なんてものではなかった。 「いいものを観させてもらったな」と充足感に浸っていると、スピードガンに思いもよらぬ数字が表示される。それが、冒頭の「152」だ。この数字が出た瞬間、私は迷った。
スピードガンはどれくらい正確なのか
一般的なスピードガンの仕組みについては、「ドップラー効果」などで調べてみてほしいが、その構造上、設置する角度によって誤差が生じる。より正確に計測するためには、投手の真正面(捕手の延長線上)が望ましいが、球場の構造上、バックネット裏の左右どちらかに偏って設置されているケースも少なくない。先に述べたような「A球場は左投手のスピードが出やすい」といった球場毎の特性には、この設置場所が大きく関係している。 では、投手の真正面のベストポジションで計れば、すべて正確な球速になるかといえば、答えは「NO」だ。電波を利用している仕組み上、他の電子機器が発する電波との干渉で不正確な数字が出ることもあるし、特定のコースや高さでスピードが速く出るといった、機種ごとの特性も絡んでくる。例えば、私の使っている機種の場合、投手の左右問わず、引っ掛け気味に投じた外角のボールで異様に速い表示が出やすい。 しかしながら、特性を考慮した上で、明らかな異常値を取り除いていけば、正確と断言できなくとも、ある程度信頼できる数字が並ぶ。 だが、村上がたたき出した152キロは、実に判断しづらい数字だった。140キロ台前半で推移していた投手ならば、「何らかの影響で上振れした数字が出たな」と除外できる。けれども、村上は直前に140キロ台後半を計測しているため、150キロを超えてきても不自然ではない。あるいは、私のガンで速く出やすい傾向の「引っ掛けた外角のボール」なら流しただろうが、152キロを計測したのは高め。普段なら、おかしな数字が出づらいコースであり、目視でも相当な勢いを感じさせる1球だった。 絶妙に真偽を判断しかねる「152キロ」。試合後、岡本に伝えるか、自分の中だけにとどめておくか。取り扱いに頭を巡らせていた際に、聞こえてきたのが大庭の声だった。 誤計測の可能性もあって……。そう申し添えようとするも時すでに遅し。大庭は試合間のトレーニングに励んでいた教え子たちに叫んだ。 「このピッチャー、152やぞ!」 益田東の部員たちがざわつきはじめる。グラウンドの外で沸き起こった喧噪は岡本の耳にも入ったようで、試合が終わると、「村上、152出したんですか?」とすぐさま話題に上った。 その際に前後の球速を告げ、「出ても不自然ではない状況だったが、上振れした数字の可能性もある」と、ありのままを伝えた。岡本は「うーん。難しいっすねえ」とうなりながら、村上本人を呼び寄せた。 「152キロ、出るには出たらしいわ。でも、1球だけやったから、もしプレッシャーになるんやったら、他の記者さんに聞かれてもまだ言わんようにするけど、どうする?」 村上は驚いた表情を浮かべながら、しばし沈黙。結局その場は、岡本の「まあええ。ちょっと考えとき」の一言で“預かり”となった。
「最速152キロ右腕」報道が
ひとまず収束したことで一安心した私の頭からは、この「152キロ」がすっかり抜け落ちていたのだが、この年の7月、たまたま目に飛び込んできたウェブ記事で思い出すこととなる。見出しの冒頭はこうだった。 「神戸弘陵の最速152キロ右腕・村上泰斗」 あの村上である。記事を読み進めると、夏前の練習試合で自己最速の152キロを計測したとある。時期は私が観戦した練習試合と重なっていた。 「あの152だ……」 見た瞬間、形容しがたい感情に包まれた。言うなれば、ちょっとした罪悪感だろうか。何気なしに構えていたスピードガンの数字から、一人の“最速152キロ右腕”が生まれたのだ。 <後編につづく>
(「甲子園の風」井上幸太 = 文)
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