琉球王国とのつながり再認識 与論城跡をめぐり学ぶ会 ジオラマ模型の初展示も
2024年度の国指定史跡登録を目指す「与論城跡」をめぐり学ぶ会(鹿児島県与論町教育委員会主催)は14、15の両日、同町立長の同城跡一帯であった。沖縄県立博物館・美術館所蔵の与論城跡ジオラマ模型を同町で初めて展示。模型の解説と現地散策を通じて、当時の築城技術の高さや琉球国時代の与論城の役割などについて理解を深めた。 伝承によると、与論城(与論グスク)は15世紀初めごろ、琉球国山北王の三男・王舅(おうしゃん)によって築かれたとされる。面積は約3万平方メートルで沖縄本島以外のグスクでは最も規模が大きい。断層崖の急峻(きゅうしゅん)な地形の特徴や、産出する石灰岩を用いた石垣など、地形を十二分に生かした造りで守りを固めていたことが、近年の調査で明らかになってきた。 ジオラマ模型は700分の1縮尺で縦80センチ、横70センチ、高さ15センチ。19年、沖縄県が与論町教育委員会、与論郷土研究会の協力を得て製作した。沖縄県立博物館・美術館、国立歴史民俗博物館(千葉県)、兵庫県立歴史博物館での展示を経て、今回初めて与論町のサザンクロスセンターで展示が始まった。2025年3月まで。 14日は模型のオープン説明会を開催し、約30人が参加。製作に向け調査に当たった沖縄県立博物館・美術館主任学芸員の山本正昭さんが模型製作の経緯や与論城跡の概要を説明した。 鹿児島県の史跡模型を沖縄県が製作した理由について山本さんは「沖縄と与論は近く、グスク自体が琉球王国と関係が深い」と強調。小さな島にこれほど大きなグスクを造った背景については「北山と奄美、日本との交易路として与論島は重要な位置。当時の琉球列島が置かれている状況からみれば、日本と沖縄間の航行を監視できるよう、この場所が選ばれたのではないか」と話した。
15日は山本さんと与論町教育委員会学芸員の南勇輔さんの案内で与論城跡内を散策した。約40人が参加。これまでの発掘調査で分かった城造りや石積みの高い技術、建物跡などの説明に熱心に耳を傾けていた。 両日とも参加した打田昌子さん(63)=同町=は「何度も見学しているが、これほど詳しく説明を聞いたことがなかった。規模も大きく難攻不落に造られていたと知って、すごく価値あるものだと再認識した」と話した。