スーパースターの涙の訳は? ユーロのロナウド、コパのメッシ
そんなふうに泣かないで―。ベンチへと下がったアルゼンチン代表のスーパースター、10番を背負うメッシは両手で目頭を押さえ、肩を震わせながら泣いていた。手を下ろすと、その顔はくしゃくしゃで、本当に子どものように泣きじゃくっていた。7月14日(日本時間15日)に行われた南米王者を決めるコパ・アメリカの決勝。コロンビアとの一戦で、メッシは右足首を負傷して0―0の後半途中に交代を余儀なくされた。そして、こらえ切れずに泣いたのである。スタンドのサポーターからは励ますように「メッシ・コール」が起こっていた。 この夏、もう一人のスーパースターも泣いていた。常にメッシと比べられ続けてきたポルトガル代表の7番、クリスティアノ・ロナウドである。こちらは欧州王者を決める欧州選手権、7月1日(日本時間同2日)の決勝トーナメント1回戦のスロベニア戦だった。延長前半に訪れたPKの絶好機をGKに阻まれると、延長後半を迎える前に組んだ円陣で顔を真っ赤にして泣いた。チームメートに言葉をかけられると、どうにか涙をこらえようとしたが、表情がみるみるゆがんだ。そんなロナウドを見たときも、メッシの涙を目の当たりにしたときも、そこにスーパースターたるゆえんを感じずにはいられなかったのである。 ロナウドは涙の後、迎えたPK戦で今度は力強いキックを決めて1回戦を突破した。しかし、続くフランス戦では好機があったのにもかかわらず、再びPK戦にまでもつれ込んだ末に敗退し、2大会ぶりの頂点には届かなかった。メッシが退いたあとのアルゼンチンは延長でラウタロ・マルティネスが決めてコロンビアを1―0で退け、大会2連覇を達成。こちらは最終的に笑顔で大会を終えた。 サッカーは、大の大人が広いピッチで一つのボールを追いかけ、ゴールを奪い合う単純なスポーツである。しかし、90分戦っても得点は1、2点というこがしばしば。3点でも入ろうものなら「きょうはたくさん点が入った」ということになり、0―0の引き分けだって珍しくはない。それでも、歯を食いしばり、体力が底をつきそうでも、両チームは意地を張り合うように戦い続ける。野球のように一つずつ進塁してホームにかえれば1点という秩序だった展開はなく、1試合に何十点と入るラグビーやバスケットボールとも違えば、何点先に取ったら勝利となるバレーやテニスといった種類の競技とも異なる。とんでもないスーパーゴールでも、あっけないオウンゴールでも1点は1点である。とてつもなく不条理かもしれないが、だからこそあらゆる国で、あらゆる人々に愛されているのだろうとも思う。 2人はこの20年近くサッカー界でトップに君臨し続けたレジェンドである。2008年以降、バロンドール(世界最高の個人賞)はメッシが8回(史上1位)、ロナウドは5回(史上2位)受賞した。欧州チャンピオンズリーグ(CL)はロナウドが5回、メッシが4回の優勝を経験している。キャリアで積み上げたゴール数もともに800以上を数え、サッカー界の話題の中心に長らくいつづけてきた。 クラブでは若い頃からトップシーンで活躍していたが、代表チームでも30代に入ってから栄冠をつかんでいる。ロナウドは2016年の欧州選手権で母国に初優勝をもたらした。それまでワールドカップ(W杯)でも欧州選手権でも優勝に縁がなかったポルトガルだが、その大会ではロナウドだけでなく、周囲の選手も躍動。決勝は負傷交代したロナウドがベンチからまるで監督のように指示を飛ばす姿も話題となり、ビッグタイトルを手にした(ポルトガルは2019年の欧州ネーションズリーグでも優勝した)。 メッシはアルゼンチン代表でなかなかタイトルに届かず、母国では一時期批判されたこともあったが、2021年の南米選手権で優勝すると、翌年にはワールドカップ(W杯)カタール大会制覇。伝説的なマラドーナが活躍した1986年大会以来となる黄金のトロフィーを母国に持ち帰った。 39歳になったロナウドと、37歳のメッシはクラブでも代表でも、チームでも個人でも数々のタイトルを手にし、既に満ち足りていてもおかしくはない。さらに、それぞれクラブはロナウドがアルナスル(サウジアラビア)、メッシがマイアミ(MLS)と欧州のビッグクラブからは離れ、キャリアの晩年にあるとみるのが自然である。 そして、ロナウドは今回が6度目のユーロ、メッシは2016年に行われた100周年大会のコパ・センテナリオを含めると7度目の南米選手権だった。 それでも、あんなふうにして、泣けるのである。ある面から見ればとても純粋であり、別の面から見れば恐ろしいほどまでに貪欲なのだ。「もう取ったことのあるタイトルだから」「毎回勝てるような大会じゃないのは分かっているから」なんていう心理はおそらく1ミリもない。「それなりに努力したけど、このあたりでもう限界か」なんていう思考回路も、おそらく持ち合わせていない。それほどまでに懸ける思いが、欧州選手権にも南米選手権にもあるのである。 目の前の大会に、目の前の一戦に、そして何より目の前の一瞬にどれだけ情熱を傾けられるか―。そうやって情熱の炎を燃やし続けることが、どれだけ尊いことか。スーパースター2人の涙に、そんなことを思った。
VictorySportsNews編集部