創設6年目で全国制覇 なのに方針転換 岡山・ねや卓球クラブの挑戦とは
就職活動で感じた「自分の嘘っぽさ」
――大学卒業後、すぐにこの卓球場経営を始めたんですか? 祢屋康介:はい。でも、大学3年の夏、周囲に合わせて半年くらいは真剣に就職活動したことがあって。 ――その時期って、迷いますよね。 祢屋康介:ただ、卓球は最後の4年生の年が迫ってきているのに、就活で練習量が落ちるので伸び悩んで。 卓球が強くなりたくて中国まで行ったのに、就職活動に追われて卓球をやりきれずに終わるのかと。 ――確かに。 祢屋康介:周りに合わせて、手帳にスケジュールを書いて、スーツ着て説明会に行って、面接受けて。 自分自身の就職活動が、嘘っぽいというか、偽物だなと感じて。 卓球も諦めきれませんでしたし。 祢屋康介:そんなときに、ずっとお世話になっている関西卓球道場の平(博史)さんに“いつかは指導者に”と相談したら「卒業後すぐに卓球場を始めたほうがいい」と言われて。 ――思い切った助言ですね。 祢屋康介:はい、初めてでした(笑)。“自分みたいに年を取ってから卓球場始めてもやれることが限られる。卒業後すぐに岡山で卓球場を始めたら地元の方も知ってくれている。社会人のイロハは卒業までに叩き込んでやる”と、背中を押してもらいました。 祢屋康介:子どもたちを教えるお手伝いをさせてもらいながら、指導者としての考えもまとめ始めて。 面接が進んでいた企業もあったんですけど、すべてお断りして、そこからは迷いはありません。家族も含めて周囲の方のおかげで始められましたね。
自分の親は卓球未経験
――この場所に作った理由はあるんですか。 祢屋康介:岡山に戻って、市内で両親と車で回りながら探しているときに「売地」となっていて。 家族にも支援してもらいつつ、土地を買って卓球場を建てました。 ――ご両親も卓球されてたんですか。 祢屋康介:いえ、全然してなくて、僕が勝手にハマって、卓球という大変な世界に引きずり込んでしまいました(笑)。