吉阪隆正の名言「…を私はすすめたい。」【本と名言365】
これまでになかった手法で、新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。戦後日本にモダニズムの思想を紹介し、自ら実践した建築家・吉阪隆正。ル・コルビュジェに師事し、素材としてのコンクリートの可能性にいち早く着目した独創的な建築を手がける一方、登山家や文明評論家としての一面も持つ。既存の枠に捉われない吉阪のすすめる「あそび」とは? 【フォトギャラリーを見る】 一切を賭けてのあそびである。そんなあそびを私はすすめたい 吉阪といえば、2022年に〈東京都現代美術館〉で大規模な回顧展が開催されたことが記憶に新しい。展覧会『吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる』の第6章「あそびのすすめ」では、吉阪が旅先や街中で描き続けた「パタパタスケッチ」やダイアグラム、愛用品などが展示された。これらは、自身を「アルキテクト ─ 歩きテクト」と称した吉阪が、どんな場所でも注意深く観察を行うことで、アイデアの糧を蓄え、実験し続けていたことの証左でもある。こうした吉阪の態度こそが、彼の勧める「あそび」だ。 「あそび」とは、一般的に連想される娯楽や時間潰しではない。むしろ、子どもが与えられた玩具をすぐ分解して、一体中はどうなっているのか、その仕組みを探るため無心にいじくり回す行為に似ているという。目の前の興味深い対象に全てを集中し、実験や探究に打ち込む。そして、自分の力がどこまでか試す姿勢こそが、吉阪の根本的な考えであった。この思想が、革新的な思想と確固たる技術で戦後日本のモダニズム建築の礎を築いた吉阪の源流なのだろう。 吉阪にとって、「あそび」はまさに「建築」そのものであった。多岐にわたり膨大な著作を残した吉阪の思想のエッセンスが詰まった随筆集『吉阪隆正 地表は果たして球面だろうか』に収録された「好きなものはやらずにいられない」において、吉阪は以下のように語っている。 「なぜ建築学に携わっているのかといえば、まずこの仕事が好きだから、作ることが好きだから、───という理由に勝るものはありません。(中略)学問には本来、あそびの要素があります。生み出したものが真に役立つかどうかは、わからないのです。(中略)興味しんしんで物事に取り組むこと。それがすなわち学問というものではないでしょうか。」 吉阪の「あそび」の精神は、建築だけでなく我々の生き方にも多くの示唆を与えてくれる。歳を重ねるにつれ、他者評価や過去の体験に縛られて自己の枠が規定されてゆき、コンフォートゾーンから出ていくことは難しくなってゆく。好奇心と探求心を携えて日々を過ごすためにも、吉阪の「あそび」に学びたい。
よしざか・たかまさ
1917年、東京都文京区生まれ。早稲田大学建築学科卒業。外交官であった父に伴いスイス・ジュネーヴと日本を行き来する幼少期を過ごす。1950年にフランス政府給費留学生として渡仏し、ル・コルビュジェのアトリエで働く。帰国後の1953年に吉阪研究室(のちにU研究室へ改称)を設立、建築設計活動を開始。代表先には人工土地の上に住む住宅〈吉阪自邸〉、戦後日本のモダニズム建築の出発点とも位置付けられる〈ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館〉、日本建築学会賞を受賞した〈アテネ・フランセ〉、〈大学セミナー・ハウス 本館〉がある。登山家・冒険家・文明批評家としても活躍し、領域横断的な活動に取り組んだ。1980年没。
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