突然会社を辞めた夫。「これからどうするの?」と聞いたら、夫は「どうしましょう?」...発達障害のパートナーとの日常と、そこから私が学んだこと【野波ツナさん】
「肯定文(~して)」のお願い事から始めてみた
――野波さんは、アキラさんとの関係改善のためにどんなことから始めましたか? 野波:アキラさんの特性を知って、私も対処法を学び、まずは【OK指令】を使うことから始めてみました。これは、お願い事を「肯定文(~して)」で伝えるというものです。たとえば、「子供の勉強をみてやって」「帰宅時間を連絡して」「父親らしくして」など。ただ、【NG指令】を使っていた頃より拒否感は示さなくなったものの、あまり効果は感じませんでした。内容に具体性がなかったり、あるいはアキラさんが納得できる理由がなかったりしていたからです。 ――本書では、【OK指令】を伝えるときは「こうしたらいいですよ」と、事細かにコツを解説してくださっていますが、野波さんの失敗経験も反映されているんですね。 野波:「3時までにやって」「シワになるからハンガーにかけてクローゼットにしまって」「夕飯つくるから子供と遊んでて」など、“してほしいこと”を具体的な内容や数字を伝えると、より伝わりやすくなります。そして、お願い事をしてくれたら、笑顔じゃなくてもいいので、口角を上げて、高めの声で「ありがとう!」「うれしい!」と伝えると、それが“ご褒美”になって、次の行動にもつながっていきます。夫のアキラさんのように、自分の何が悪いのかがわからず、注意しても理解してもらうのが難しいパートナーや家族には、まずはこの具体的な「肯定文(~して)」から始めてみるといいと思います。
「どうするの?」の問いに「どうしましょう?」と返事した夫
――結婚16年目にアキラさんのASDがわかった、とおっしゃっていました。日々の些細なすれ違い以外に、何か大きな出来事があったのでしょうか。 野波:決定的だったのは、アキラさんが会社を突然辞めたことですね。ある日外から帰ってくるなり、「辞めてきちゃいました」とサラッと報告されました。「え? これからどうするの?」と聞いたら、逆に「どうしましょう?」と聞いてきたんです。社長と反りが合わなくて、「もうあの人の下で働きたくない」と毎日のように愚痴は言っていたけれど、落ち込んでるな、元気がないなと感じることはなかった。だから、アキラさんが会社を辞めるなんて思いもしませんでした。 一体何があったのか聞いてみると、「社長に嫌な態度を取られたから、“私はこの会社を辞めた方がいいのでしょうか?”と聞いたら、社長が“そうかもしれないね”と言ったので辞めてきちゃいました」と……。子供にまだお金がかかる頃でしたし、会社を辞めた後に「実は借金があります」と打ち明けられて。最終的にはそれがきっかけで、ASDの発覚へと繋がっていったんです。この人が何を考えているのか全然理解できない――そんな恐ろしい感覚すらありました。 ――本の中でも、「言葉通りに受け止める」という特性が書かれていましたが、まさにその実例という感じだったのですね。 野波:アキラさんはそれまで、先輩や目上の人たちから「面白いやつだ」と言われてかわいがられてきた経験があるんです。「自分に優しい人」にはとても従順な反面、「自分に厳しい人」には敵対心を持ってしまう。本にも書きましたが、アキラさんのような特性を持つ人は、無意識に「敵」と「味方」を分けがちになるんです。かつて勤めていた会社では、「遅刻を責められた」という理由で、その社長を大嫌いになりました。 アキラさん自身は困っていないのに、「周りが接し方に困ってしまう」という状況が生まれるのが、発達障害・グレーゾーンの周りにいる人たちの辛さでもあると思います。 著者プロフィール 野波ツナ(のなみ・つな)さん 東京都生まれ、漫画家。少女漫画アシスタントなどを経て青年誌でデビュー。アスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)のある夫との日常を綴った『旦那さんはアスペルガー』(コスミック出版)シリーズは累計20万部に達する話題作となった。他の作品に『うちの困ったさん』(リイド社)などがある。 イラスト/野波ツナ 取材・文/金澤英恵 協力/中満和大(こころとからだチーム)