志尊淳インタビュー「求められた役に全力で取り組む。10年抱えていた気負いは消えました」
クジラの鳴き声はおよそ10~39ヘルツ。しかし世界に1頭だけ、仲間には聴こえない52ヘルツで鳴く「世界で最も孤独なクジラ」が存在する。そのクジラのように、この社会の中で発せられる声なきSOS。もし、誰かが気付いて救い出してくれたら…。俳優・志尊淳は映画『52ヘルツのクジラたち』で、その声に気付いたトランスジェンダー男性の塾講師、岡田安吾を演じる。彼はどんな想いでこの役に臨んだのだろうか。また最近のプライベートでの変化についても聞いた。 【写真】Gucciのイベントに来場した志尊淳
トランスジェンダー男性、岡田安吾を演じる覚悟
──本作に出演を決めた理由は? 「今回、僕が演じる岡田安吾という人は、トランスジェンダー男性です。僕は過去にも性的マイノリティーの人物を演じたことがあるのですが、最初は、それだけがオファーの理由だったら、お引き受けするのは難しいなと思ったんです。同時に、岡田安吾という人物の内面をいかに深堀りできるかという部分には興味がありました。それで、まずは監督と話す機会を設けていただき、この役柄をどう捉えているのか、岡田安吾を通して何を伝えたいのか、監督の考えを伺いました。率直にいうと、この方の船に乗りたいと思いました。成島監督と一緒だったら、社会的意義のある作品にすることができるかもしれない。それが出演を決めた理由です」 ──岡田安吾の役は当初、不安もあったそうですね。 「以前演じたトランスジェンダー女性は、生まれた時に割り当てられた性別は男性で、性自認は女性です。だから、身体的な状況も含めて役を演じるイメージが持てたのですが、トランスジェンダー男性となると、出生時の性別は僕自身と異なります。映画を見る人が、前提として無理があるんじゃないかと感じてしまったら、それは失敗になるわけです。この役はトランスジェンダー男性の当事者や、出生時の性別が女性の方が演じるべきなんじゃないかと悩みました。僕が演じることで、当事者の方に対するステレオタイプを助長してはならない。その点において自分は責任を持つことができるのか、考えに考え抜いて、覚悟を決めるまでは、正直、不安ばかりでした」 ──役作りは身体的なものも含めて? 「もちろん、細かい部分ではいろんな役作りをしましたよ。でも、岡田安吾という人物は、体重をコントロールしたり所作を変えたりフィジカルな面で表現するのではなく、岡田安吾の気持ちに寄り添いたかった。僕の中ではフィジカルな調整より、内面的な部分に重点を置きたいと思っていました」 ──内面的な部分を掘り下げるにあたってはどんなことを? 「台本に描かれた岡田安吾にとにかく向き合うこと。アン(安吾)さんが何を考え、何を感じ、どのように生きているのか、深く寄り添い理解しようと、自分では極限までやったつもりでいました。でも、やはり理解できないこともあって。今回、トランスジェンダーの表現に関する監修に入ってくれた若林佑真くんと、現場でかなりたくさんの話をしました」 ──若林さんが現場にいるというのは、心強いことだったのでは。 「心強いどころか、佑真くんがいなかったらアンさんは演じられなかったと思います。セリフもヴィジュアルも、シーンでの在り方、全てにおいて。わからないことは聞くし、違うことは指摘してくれる。もし、佑真くんの提案に僕が納得できなかったら、とことん話し合いました。若林佑真と志尊淳という個人が、フラットな立場で対話をしながら、二人三脚で岡田安吾を作り上げるという作業でした。 ただし、それは佑真くんの経験した辛い想いを僕に話すことになるわけで、決して簡単なことではありません。でも、佑真くんは、この作品を通して1人でも救われる命があるならと、真剣に取り組んでくれました。そしたら、僕がこの役に向き合わないなんてことは出来ませんよね。佑真くんが僕に渡してくれたものを僕はしっかり受け取り、岡田安吾を表現したつもりです」 ──苦心した部分は? 「ほとんど全てです。『ありがとう』という言葉ひとつにしても、アンさんがこういう経験をしてきて、こんなふうに考えていたら、ここではこういうニュアンスの『ありがとう』だと佑真くんが説明してくれて、僕もそこで初めて納得する。そんなことの連続でした。それは、僕が考えたことがダメだったというよりも、より深く理解して表現するならこうだというセッションだったので、難しかったけれどやり甲斐がありました」 ──今回の役はいつもよりも、乗り越えるハードルがたくさんあったんですね。 「いや、どの作品の役も難しいですよ。ただ、岡田安吾の境遇は、理解しようとしても簡単に理解できるものじゃない。だから、相当な覚悟をもって臨みましたし、その分、思い入れは強いかもしれません。僕が演じることで、助かる人がいるかもしれないし、もしかしたら、その反対もあるかもしれない。実際、映画が公開されて何が起こるのか、全てを僕が知ることは難しい。だから、自分が出来ることは、誠心誠意この役に尽くすことだけでした」