『無能の鷹』は“お仕事ドラマ”としてどう新しいのか? 明日菜子×三宅香帆が語り合う
『無能の鷹』は「お仕事ドラマ批評作品」?
明日菜子:現時点(10月25日時点)でまだ2話までしか放送されていないんですが、ここまで語れるのは、「優しい人が損をする」をテーマにした鳩山樹(井浦新)のエピソードがあったからだと思います。あまりにも丁寧に教えてあげて“都合のいい人”扱いされる鳩山は、周囲からも「鷹野さんのためにならないよ」と注意されるんだけど、最終的に彼自身は「都合のいい人だったとしても今のままでいいかな」「それしかできない」というところに着地する。そして奥さんの「あなたみたいな人がちゃんと評価される社会になるといいね」というセリフで締め括るんですが、組織の生産性のために「個人」が改善を目指すのではなく、いかにして社会が個人を受け入れるかの話に繋がったところがいいなと思いました。 三宅:会社の中に少しでも進行が遅い人がいると、組織全体としては大変なことになるじゃないですか。とはいえ現実的には、そのチームで仕事をしていかなきゃならないわけで。本作はそれを踏まえて周りの人が「鷹野的」な新人をどう受け入れるかという話になっている。正直、鷹野を早く退勤させてしまうこともできると思うんですね。たとえば、それこそ1月~3月に放送されていた『不適切にもほどがある!』(TBS系)のような作品だと「上司がこういう後輩を持つと大変だよね」という話で終わってしまう。でも本作では「どうやって鷹野をこのコミュニティに入れるか」というところで奮闘していて、そこにドラマとしての価値を感じます。異端児をいかに包摂するか、という共同体の話になっている! 明日菜子:あと、周囲が鷹野の生き方に安易に「学び」を見出さないのもいいんですよね。 三宅:なるほど。たしかに。 明日菜子:いわゆる“異端児”的な新人が入ってきて、周りがその生き方に感化されていく……というのはよくあるパターンだと思うんですが、本作では「鷹野は鷹野じゃん」くらいの温度感なんですよね。あくまでもこのドラマは「仕事ができない」こと自体を肯定しているわけではないと思うんです。 三宅:それこそ鷹野って「お仕事ドラマ」に憧れて生まれた存在なわけですが、それがほどよく「お仕事ドラマ批評」になっているのがすごくおもしろい。第1話で、わりと「お仕事ドラマ」あるあるとしてプロジェクトの成功の帰りに飲みに行くエピソードがありますが、けっきょく鶸田くん(塩野瑛久)は勇気が出せずに飲み会に参加しませんでしたよね。ああいう展開を挟むことで「お仕事ドラマ」をちょっと斜めから見るのが楽しいです。 明日菜子:「お仕事ドラマ批評作品」という表現にしっくりきました! 世の中にあふれた「仕事ができる人のお仕事ドラマ」に疲弊した人のほうを向いている作品だとも捉えられます。 三宅:一般人からするとそんなに仕事で「キラキラ」されても困るし……という思いはありますよね。そういう意味で本当に現代の働く人に寄り添うドラマだと思います。私は原作をすべて読んでいるわけではないんですが、連載されているのが女性向け雑誌の『Kiss』(講談社)なんですね。それこそ女性向け雑誌の原作から「お仕事ドラマ」の実写化の流れがたくさんあるなかで、ある意味そこへのカウンター的立ち位置を取っているのがすごいなと思います。 明日菜子:確かにパッケージは「“脱力系”お仕事ドラマ」になっていますが、改めてすごく考えられて作られた作品ですね。 三宅:そうなんです。「別にちゃんと働きたくない」という欲望も、「かといってそういう人が実際に職場にいると大変だ」という現実も、どちらも包摂しているんですよ。もう疲れてテレビを見るのも厳しいくらいの人にこそ観てほしいですね。Netflixでも配信されているわけですし。 明日菜子:三宅さんの『なぜ働くと本が読めなくなるのか』に救いを求めて手を伸ばした人にこそ観てほしいドラマです!
徳田要太