「突然正座になって、泣きながら『サッカーがしたいです』と…」シングルマザーが痛感した“子どもの体験格差”の厳しい現実
子どもは親の苦しみを想像する
シングルマザーのAさんは、ひとり親家庭の多くが受給している児童扶養手当等の支援を受けられていない。非正規雇用だがフルタイム勤務ではあり、収入が基準を若干上回っているからだ。 「来年同じ仕事があるかはわからない」という不安定さに、公的手当の定期的な振り込みがないことがさらに拍車をかける。行政が定めた基準のこちら側が「低所得家庭」で、あちら側はそうではない、そう言えるほど単純な話ではないということが、よくわかるだろう。 例えば「年収400万円」という数字だけを見れば「平均的」に見えても、その数字を「両親プラス子ども5人」の生活に置き換えた途端、見える景色が一気に変わってくる。 Aさんのように不安定な条件で働き、生活している保護者たちの中には、複数の仕事を掛け持ちしている場合も少なくない。現在の収入が将来も続くという確信が持てない場合、新たに支出を増やすことには躊躇が伴うだろう。習い事の月謝のような定期的な出費であればなおさらだ。 逆に、仮に一時的にサッカーなどの「体験」の機会を子どもに与えることができたとしても、突然それをやめさせなければいけない状況がいつ訪れるかもわからない。仕事が打ち切られるリスクはもちろんのこと、例えば自分の親の介護が必要になるような場合もあるかもしれない。一時的に保たれていたバランスを崩す出来事が起きたとき、Aさんのような家庭には、その困難をなんとか乗り越えるための経済的、時間的、精神的な余裕が乏しい。 こうした状況下にある保護者たちの葛藤は、他人である遠くの大人たち以上に、日常を共有する近くの子どもたちによって理解されている。子どもたちは、自分の親が抱えている生活面の厳しさや、「自分のために無理をしている」状況を感じ取り、そこにある苦しみを想像している。 そして、何かやりたいことを見つけたとしても、親に対してその気持ちを言葉にすることにハードルを感じている。小学生の男の子が、正座になって泣きながら「サッカーがしたいです」と言うにいたるまでに、いったいどれほどの逡巡や葛藤があっただろうか。 私たちが理解すべき、そしてそのために想像すべき「体験格差」の具体的な姿の一つが、この二人家族の小さな家の中に、あるのではないか。
〈著者プロフィール〉今井 悠介
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事。1986年生まれ。兵庫県出身。小学生のときに阪神・淡路大震災を経験。学生時代、NPO法人ブレーンヒューマニティーで不登校の子どもの支援や体験活動に携わる。公文教育研究会を経て、東日本大震災を契機に2011年チャンス・フォー・チルドレン設立。6000人以上の生活困窮家庭の子どもの学びを支援。2021年より体験格差解消を目指し「子どもの体験奨学金事業」を立ち上げ、全国展開。本書が初の単著となる。
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