「曲を使わせて」。突然の依頼は意外な相手から。パリ五輪を選手と共に戦ったアーティストたち
福島県を拠点に、CMソングや映像音楽などの作品を手がけているアーティストのnovsemilong(ノブセミロング)さん(42)。2021年、ホームページの問い合わせフォームにある依頼が届いた。「曲を使いたい」という突然の依頼だった。 【写真】「見苦しい」と非難が殺到… 誹謗中傷の連鎖 言葉のやいばにさらされた選手たちはつらさを訴え
差出人に見覚えはない。ノブさんは迷惑メールのたぐいかと思い、返事をしなかった。すると再び同じ相手から連絡があった。ノブさんはその内容に驚いた。日本のトップアスリート、それもオリンピックに関する連絡だったからだ。 このときのやりとりが、ノブさんとパリ五輪をつなぐことになる。依頼の主はパリ五輪に挑むアーティスティックスイミングの日本代表だった。(共同通信=黒田隆太) ▽音楽担当、誰がやってたの? 依頼のきっかけは、ノブさんが手がけた福島県の観光PR動画の音楽を、代表チームの主将吉田萌(29)が目に留めたことだった。吉田は「すごくいいので使わせてもらいたい」と中島貴子ヘッドコーチ(HC)(37)に相談していた。 ノブさんは「2度目の連絡では、中島HCの電話番号が記してあった。それで『ちゃんとした依頼だ』と分かった」と振りかえる。ただ、アーティスティックスイミングに触れたことはまったくなかった。「あまり重要性は分かってなくて、1回こっきりだと思って」。気軽に依頼を受けた。
チームとやりとりを始めたノブさんは、衝撃の事実を知ることになる、「以前は選手やコーチが音楽の編集を自らやっていたと聞いた。それって大変すぎるでしょ」 プロのアーティストと日本代表のやりとりは真剣勝負だった。例えば、チームのテクニカルルーティンで流れる「フラッシュ」という曲。中島HCから「雷をテーマに」と告げられ、自然への尊敬と畏怖をこめた曲を考えた。練習風景の動画が届き、振り付けのイメージも聞いて構想をふくらませた。 しかし、ルール変更や難易度の調整に合わせて、振り付けは何度も変わった。そのたびに曲をアレンジする必要が生じる。「振り付けと同じように曲も変えると、もはや音楽として崩壊する」と頭を抱えることもあった。何度もボツの宣告を受け、「もはや元の曲とは違う」というくらい変更を繰り返した。 ▽「パパは五輪の曲を書いたんだ」 そんな日々を送る中で、選手の熱意には心を打たれるものがあった。練習やトレーニングをした後、夜遅くまで動画を編集して変更点を伝えてくれる。「競技を分からないなりに作曲しても、目立たない音をくみ取って振りにつなげてくれたこともある」と感心する。競技そのものにも魅了された。選手の動きを繰り返し見るうちに、「よくこんなに動けるな、こんな美しさがあるのか」と感じるようになった。