松本清張、復讐劇に大胆な邪馬台国の仮説を重ねた「東経139度線」の面白さ
松本清張は昭和史や古代史に造詣の深い文学者であった。たとえば古代史については、一流の古代史学者を招いてのシンポジウムで司会を担当したこともある。それらの碩学(せきがく)たちも清張の学識を認めていたからこそ、清張に司会を任せたと言える。その学識を背景に、自由に想像力を羽ばたかせて、ひょっとしたら在ったかも知れない古代史の仮説を、大胆に語った短編小説が、「東経139度線」(1973年2月、原題は「東経139度線」)である。この小説は、その古代史の問題と性愛をめぐっての現代の復讐劇とが語られた物語である。(解説:ノートルダム清心女子大学文学部教授 綾目広治)
性愛をめぐる愛憎劇を展開の中で語られる古代史の大胆な仮説
まず、現代の復讐劇について見てみる。 古代史の学者である岩井精太郎の教え子には、京都のD大学助教授の谷田修、福岡のQ女子大学助教授の前川和夫という研究者のほかに、文部省の文化課課長補佐をしている小川長次、さらに文部政務次官になった政治家の吉良栄助がいた。彼らは同期で、卒業時の成績の順位は、谷田が首席、前川が次席、小川は4番であり、国会議員になっている吉良は25番であった。学生時代の席次がそのまま卒業後の出世に繋がらないことをよく表しているのが、吉良と小川との関係である。今では吉良は小川の上司なのである。 岩井精太郎は以前に妻を亡くしていたのだが、実はその妻は夫の教え子である吉良栄助と関係を持っていて、その関係を後悔し、それを清算しようとして10年前に自殺したらしいのである。妻の不倫相手だった吉良に憎悪を燃やした岩井と、「役所に入って以来の下積み役人の憤りが吉良という人を得て爆発した」小川長次とが協力して、吉良を殺害する計画を立てる。それは、車の運転ミスによる事故死を装った殺人で、実際に思惑通りに吉良を道路から車ごと転落死させたのである。 以上が現代の復讐劇の大まかな内容であり、この部分は松本清張の小説らしい、性愛をめぐる憎悪から生まれる犯罪ものの物語と言える。しかしその現代劇よりも、「東経139度線」の面白さの真骨頂は、物語の中で展開される、古代史の大胆な仮説の提示にあるだろう。その仮説を語るのが、文部省の文化課課長補佐の小川長次である。