上野動物園のリーリー・シンシンが帰国 1年半で半減した日本で暮らすパンダたちの“これから”
来日の約2週間後に東日本大震災
雅安碧峰峡基地は、リーリーとシンシンが来日直前に暮らした場所です。当時5歳だった2頭は2011年2月20日に雅安碧峰峡基地を出発して、成都で1泊。翌日、四川航空機で上海へ飛び、上海から成田空港まで全日本空輸(ANA)の旅客機に乗りました。旅客機はパンダをモチーフにした特別塗装機「FLY! パンダ」です。 成田空港から上野動物園までは、阪急阪神エクスプレスのトラックで移動。筆者は取材のため、上野動物園内の屋外で到着を待っていました。トラックが着いたのは深夜の午後11時36分です。 この時から、上野動物園のパンダ飼育が約2年10カ月ぶりに再開しました。3月11日に東日本大震災が発生したので、公開開始は予定より少し遅い4月1日となりましたが、リーリーとシンシンの存在は、震災による不安や悲しみをやわらげ、人々を癒しました。
検疫後、ほかの施設に移るパンダも
リーリーとシンシンが検疫後も雅安碧峰峡基地で暮らすか、それともほかの基地へ移されるかは、明らかになっていません。まだ決まっていない可能性もあります。 例えば、昨年11月にアメリカ・スミソニアン国立動物園から中国に渡った親子3頭は最初、パンダセンターの臥龍神樹坪基地に到着。検疫後、高齢の両親(中国帰国時26歳と25歳)だけがパンダセンターの都江堰基地に移されました。都江堰基地は、高齢のパンダや病気のパンダをケアする体制が整った施設です。 今年1月にシンガポールから中国へ渡ったラーラー(叻叻、渡航時2歳)は、四川省広安市にある施設で検疫後、パンダセンターの都江堰基地に移されました。 シンシンの姉のヤンヤン(阳阳)は、オーストリアから9月14日(土)に中国へ帰国。現在、パンダセンターの臥龍神樹坪基地で検疫を受けています。年内には、オーストラリアとフィンランドからも各2頭がパンダセンターに戻る予定です。さらにベルギー生まれの3頭も、年内にベルギーからパンダセンターへ行く見通しです。 検疫エリアは限られるので、世界各国にいるパンダが、いつ中国に送り出され、中国内のどの場所で暮らすかは、他のパンダとの調整も関係します。なお、アメリカ・アトランタ動物園にいる親子4頭も年内に中国へ渡る予定ですが、この4頭は成都ジャイアントパンダ繫育研究基地から受け入れているので、中国での滞在先はパンダセンターではありません。