『おむすび』震災の記憶を風化させない作り手たちの矜持 避難所での食事を描く意義
阪神・淡路大震災から12年が経ち、さくら通り商店街で「こども防災訓練」が行われることになった。『おむすび』(NHK総合)第46話では、炊き出し隊長に任命された結(橋本環奈)がおぼろげな震災の記憶を辿る。 【写真】明日の第47話先行カット 防災訓練が始まって3年目となり、子どもたちが毎年変わり映えのない炊き出しのメニューに飽き始めていることを聞いた結。担任の桜庭(相武紗季)に相談したところ、栄養士の基本となる大量調理を学ぶ良い機会として、クラスみんなで炊き出しの献立を考えることになった。 献立を考えるにあたり、結たちの班は当時のことを振り返る。震源地からは少し離れていて、直接的な被害は受けなかったという沙智(山本舞香)、佳純(平祐奈)、森川(小手伸也)の3人は結が6歳まで神戸にいたことをそこで初めて知った。結が家が全壊したことや親しい人を亡くしたことを告白する中、印象的だったのは沙智のハッとした表情だ。 高校時代は陸上選手で、厳しい指導の影響から摂食障害になった過去を持つ沙智。支えられる側の立場を何もわかっていない結に苛立っていた彼女だが、結の話を聞いて自身もまた何も分かっていないことに気付いたのだろう。もしかしたらそれまでは、結のことを能天気なギャルと思っていたのかもしれない。だけど、明るいからといって、その人が何の悩みもなく生きてきたとは限らない。同じように、今はすっかり賑やかさを取り戻した商店街の人々もここに至るまでいろんなことを乗り越えてきた。 結は参考として愛子(麻生久美子)や美佐江(キムラ緑子)たちに集まってもらって、当時の話を聞くことに。当時はまだ幼く、炊き出しで何を食べたかも覚えていなかった結だが、話の中でまだ配給が始まる前におむすびを握ってきてくれた雅美(安藤千代子)に対して「チンして」と言ってしまったことを思い出す。それは幼さゆえの無邪気な言葉に過ぎないが、結にとっては今でも後悔で胸がチクっと痛む記憶だ。 あれから数日後に配給が始まったものの、避難所では結の知らないところで様々な問題が起きていた。全員に行き渡るだけの食材がなく、避難民の間で取り合いになり、みんなから信頼されている聖人(北村有起哉)が仕分け隊長として物資を一括管理することになったという。 その結果、食材は平等に行き渡るようになったが、美佐江の娘・菜摘(田畑志真/幼少期:今津里梨花)が腹痛を訴えて倒れた。原因は、当時他の人たちも悩まされていた便秘。トイレを使用しづらい環境や、パンやおむすびばかりで食物繊維が十分にとれない食事などがその理由だった。慣れない避難所生活のストレスもあるだろう。たかが便秘と侮ってはいけない。便秘が長く続くと、大腸潰瘍や腹膜炎などを発症することもあり、過去の震災では救急搬送された人もいるという。 地震大国である日本において、こうした体験を次の世代に語り繋いでいくことは非常に重要だ。だけど、当事者から無理やり話を聞き出そうとすることはある種の暴力に繋がりかねない。思い出すのが辛かったら話さなくてもいいとみんなを気遣う聖人の姿勢や、「被災した人の中には地震のことを二度と思い出したくない人もいる」という福田(岡嶋秀昭)の台詞には、この番組の矜持が詰まっている。 震災の時、食物繊維がとれるわかめを分けてくれた孝雄(緒形直人)も未だ真紀(大島美優)の死から立ち直れないままだ。そんな孝雄の「真紀はもうおらん。いつ死んでもええ」という言葉は重い。震災で身近な人を亡くした人の中にも、その人の分まで生きていこうと前を向いて進める人もいれば、生きる気力を失って時間が止まったままの人もいる。「人それぞれでよか」というサブタイトルが示すように、第10週では人それぞれ時間も方法も異なる心の復興が描かれるのだろう。
苫とり子