「このままでは裁判制度が危ない…」国を相手に「違憲訴訟」を提起 “現職裁判官”が語る、裁判官・公務員の“地域手当”「深刻すぎる問題」とは
どのような請求を立てて争うのか?勝算は?
――国を相手に訴訟を提起する場合、どうしても「立法裁量」「行政裁量」の範囲内ということで「合法・合憲」と判断されがちです。どのような争い方を考えていますか? 竹内浩史判事: 「最初は、裁判官の報酬の減額を禁止した『憲法80条2項違反』を理由とする差額請求を第一に考えていました。記者会見のときも、そのように話しました。 しかし、その後、前述したような反響に接して、戦略を変えることにしました。本人訴訟として一人で訴訟を提起するつもりでしたが、市民オンブズマンと労働弁護団が、弁護団を組むことを申し出てくれました。それで、今、戦略を練りながら、訴状を作成しているところです。 まず、裁判官の地域手当は、国家公務員の給与について定めた人事院規則に従っています。地方公務員の地域手当も、事実上、これに準じて定めるべきものとされているようです。つまり、地域手当の問題は、裁判官のみにとどまらず、公務員全体の問題ということです。 そこで、地域手当についての現行の人事院規則の定めは、行政側に裁量があることを考慮に入れても、その裁量の範囲を逸脱して著しく不合理であり、『全体として違法』であると主張します。 その上で、私が受け取った給与は違法なルールに基づいて支給されたものなので、本来あるべき支給額との差額の約240万円を支給してください、という請求を行います。 訴訟の形態としては、国家賠償請求ではなく、『公法上の実質的当事者訴訟』(行政事件訴訟法4条後段)というものです。」 ――その場合、「違憲」の問題は生じないように思えますが。 竹内浩史判事: 「違憲の主張をしないわけではありません。先ほどの地域手当の不均衡についても、そもそも憲法が定める『法の下の平等』(憲法14条)の趣旨に反するという面があります。法令の解釈は、憲法の趣旨に適合するように行われなければなりません。 また、4月16日の記者会見で話した『憲法80条2項違反』については、私自身は明確に違憲だと考えていますし、訴訟でも重要な争点の一つとして主張するつもりです。 裁判官の地域手当は実質的にみて憲法80条2項が定める『報酬』にあたるか、あるいはこれに準じるものなので、現行の地域手当の制度は同条項に違反し、違憲無効だと主張するのです。 前述したように、裁判官には本来転任拒否権がありますが、事実上、行使することはきわめて難しい立場におかれています。それなのに、地域手当が最大で報酬額の20%と大きく設定されており、憲法上の『報酬』にあたらないというのは無理があるのではないでしょうか。 転任によって事実上、報酬額と地域手当の額を合算して最大で16.7%が減ってしまうというのは、憲法80条2項に違反すると考えざるを得ません。 地域手当の表を決めているのは人事院であり、最高裁は独自に決める権限があるにもかかわらず、それをそのまま受け入れています。裁判官の身分を保障し、公正な裁判を実現するという憲法80条2項の趣旨からは、とうてい是認できることではありません。 なお、憲法80条2項違反とは別に、私自身が受けている昇格・昇給差別についても争うつもりです」 ――率直に言って、勝算はどれくらいありますか? 竹内浩史判事: 「勝算があるかどうかは未知数ですが、きわめて厳しい戦いになると覚悟しています。ただし希望はあります。 第一に、現在の裁判官の中には、20年前に地域手当の制度の創設にかかわった人はいません。地域手当の制度の是非を判断するにあたって、現在の裁判所にはしがらみはないといえます。 第二に、今回、訴えを提起して、仮に最高裁まで争えば、判決が出るのは数年後になるとみられます。そのとき、最高裁判所の政策が変わっている可能性があります。 現状、司法修習生が裁判官に任官したがらないという実態があります。優秀な修習生は『四大法律事務所』等に行ってしまうのです。これは、裁判所が風通しが悪い職場だと思われているからだというのは否定できません。 たとえば、現在、人事院では国家公務員の地域手当の見直しが行われている真っ最中です。裁判所も人事院から意見を求められているはずです。それなのに、現場の裁判官の声を聞こうという話は一切ありません。 日ごろは、裁判所の業務のIT化とか、細かい事項に至るまでひっきりなしに意見聴取を求めてくるにもかかわらずです。元市民オンブズマンとして、これを見過ごしにはできません。 また、裁判官は自由な言動ができないというイメージが定着してしまっています。1971年の『宮本判事補再任拒否事件』、1997年の『寺西判事補事件』、そして今年4月の岡口元判事の罷免、こういったことがあるたびに、裁判官は不自由だというイメージが強くなることを危惧します。 実は、私も、司法修習の後に裁判官の道を選ばずに弁護士になったのは、裁判所に対するそうした負のイメージがあったからです。 それに加えて、地域手当の問題もあるとしたら、ますます裁判官のなり手がいなくなってしまうのではないか。地域手当が給与に占める割合がここまで大きいと、人事による統制と合わせて差別の温床になる可能性があります。 そのような切迫した危機感は、裁判所内部でもっと共有されるべきです。個々の裁判官の使命感に依存するのは決して望ましい事態ではありません。 今回の訴えの提起には、このような問題を世の中の人々に広く知っていただくという社会的意義があると考えています」
弁護士JP編集部