「このままでは裁判制度が危ない…」国を相手に「違憲訴訟」を提起 “現職裁判官”が語る、裁判官・公務員の“地域手当”「深刻すぎる問題」とは
地域手当の不均衡の実態
――具体的に、地域手当についてどのような不均衡が生じているのでしょうか? 竹内浩史判事: 「国家公務員の地域手当については、『級地区分』が定められています(※)。すでに述べたように、地方公務員の地域手当もこの基準に従って支給されています。 たとえば、月給100万円とすると、1級地の東京23区なら20万円(20%)、7級地の愛知県豊橋市なら3万円(3%)です。もちろん、ないところもあります。 いくら物価が都会と地方で違うからといって、20%の違いなんてありえません。 都会と地方で最も差が大きいのは住居費だと思います。しかし、住宅手当が地域手当と別に設けられています。しかも、裁判官の場合は官舎に住むことが多いので、そもそも住居費の格差はあまり考えなくてもよいのです。 食料品や日用雑貨、家電製品であれば、都会のほうが安売りの店が多かったりします。しかも、今はネットショッピング等も使えます。 これほど地域手当の格差が大きいと、裁判所上層部による人事統制と相まって、差別の温床になる危険性があります。 それに加えて、地方の小さな支部によっては、地域手当の差以上に、実質的な格差が生じることになります。 たとえば、小さな支部だと宿直のときに宿舎がないのでホテルに宿泊せざるを得ませんが、そのときのホテル代は裁判官の自腹なのです。『宿直代』のようなものはありません。他にも、裁判官には持ち出しが生じることがあります。もし、地域手当がなかったり少なかったりする裁判所に勤務するとなると、地域手当が低くなるのに加え、ホテル代も自腹ということになります。 さらに、地域手当の級地区分自体、首を傾げざるを得ません。級地区分をみると、1級地(20%)は東京23区のみ。これはいいとして、2級地以下のラインナップに違和感があります。 2級地(16%)についてみると、茨城県が『取手市、つくば市』、埼玉県が『和光市』、千葉県が『袖ケ浦市、印西市』、愛知県が『刈谷市、豊田市』などとなっています。 茨城県には水戸市(5級地・10%)、埼玉県にはさいたま市(3級地・15%)、千葉県には千葉市(3級地・15%)、愛知県には名古屋市(3級地・15%)といった大きな都市があるのに、それらよりも級地区分が高くなっているのです。 私が勤務する津地方裁判所がある三重県でも、最も級地区分が高いのが「鈴鹿市」(4級地・12%)で、県内最大の「四日市市」(5級地・10%)、県庁所在地の「津市」(6級地・6%)はその下になっているのです。 どういう基準でこうなったのか。なんらかの統計操作があったのではないかと疑っています。たとえば、埼玉県和光市には税務大学校があります。財務官僚の出向先が優遇されているのではないか、などと勘ぐってしまいます。 現行の地域手当は、2005年に導入されました。級地区分はそのさらに10年前、つまり1995年時点の民間の統計を参考に決めたと言われています。どのような統計を用いたのか、そこからどのようにして級地区分を決めたのか、明らかにされるべきでしょう。 近年、賃金統計、物価統計の偽装等の不正が発覚しています。私は、市民オンブズマンやマスコミにぜひ、この問題について調査してほしいと考えています」 (※)国家公務員の地域手当の級地区分(厚生労働省HP)参照 ――地方公務員についても言及されましたが、どのような実態を把握していますか? 竹内浩史判事: 「地域手当の差があるために、自治体ごとに採用難のところが生じていると聞いています。隣り合う市町村でも、地域手当の額に大差があったりするのです。 たとえば、看護師の不足が社会問題になっていますが、看護師も地域手当が低いところは行きたがらず、高いところに行きたがるという傾向があるそうです。 愛知県でいうと、豊田市(2級地)は人気があるのに対し、蒲郡市(級地区分なし・0%)は人気がなく採用難に陥っているという話があります。 居住する自治体と勤務先の自治体は別です。たとえば、近隣の岡崎市や額田郡幸田町に住む人は、地域手当が高い豊田市の方に就職したくなるのは当然でしょう。 現に、昨年12月に、滋賀県近江八幡市が国会と政府に対し、『地方公務員給与の地域手当見直しに関する意見書』を提出しています。 その中で、『滋賀県内の各自治体においては、地理的に広大な県でないにもかかわらず地域手当が非支給地から10%支給地まであり、社会経済環境や生活実態において大きな差がない地域の実情以上の自治体間格差が生じている』と指摘して、配慮を求めています」 ――裁判官に話を戻します。裁判官には転任拒否権がありますが、それを行使するわけにはいかないのですか? 竹内浩史判事: 「たしかに、裁判官には法的には転任拒否権が認められています。しかし、裁判官が実際に『地域手当が低い地域に赴任したくない』と言って転任拒否権を行使することは、容易ではありません。 裁判官は全国的にみて足りていません。他方で、裁判官の総数には限りがあります。もし、自分が転任拒否権を行使することによって司法サービスの提供に支障をきたすことになると考えると、転任拒否権はおいそれと行使することはできないのです。 裁判官としての使命感から、地域手当が減ったりなくなったりするのを覚悟の上で、耐えて赴任しているのが実情です。 たとえば、1月1日の大地震で甚大な被害を受けた能登地方には金沢地方裁判所の支部・簡易裁判所が3か所あります。 業務を行うにも困難な場所です。しかも、地域手当は1円もありません。それでも、もし赴任してほしいと言われたら、使命感のある裁判官ほど、転任拒否権を行使できないのではないでしょうか。 そのような立場にある裁判官に対し、地域手当の制度によって給与が下がるのを甘受させるというのは、在任中の報酬の減額の禁止を定めた憲法80条2項の趣旨に反すると言わざるを得ません」