ドラマ『メアリー&ジョージ 王の暗殺者』──見どころはニコラス・ガリツィンとジュリアン・ムーアが仕掛けるエロティックな権力争い
息子の美貌を利用し、宮廷でのし上がっていく母子の物語
故ダイアナ妃による不倫告発や、ヘンリー王子の王室離脱など、イギリス王室といえばスキャンダラスな話題がつきもの。権力や愛憎を巡ってのバトルは初代イングランド王まで遡り、その後も再婚するために宗教改革を断行したヘンリー8世や、ビクトリア女王の愛や友情などは複数の映画やドラマ、小説のモチーフとなっている。そんなイギリスの宮廷を舞台にしたスリリングで官能的なTVシリーズが『メアリー&ジョージ』だ。 物語の軸となるのは、初代バッキンガム公ことジョージ・ヴィリアーズ(ニコラス・ガリツィン)とその母親メアリー(ジュリアン・ムーア)。ロンドンから離れたレスターシャー州に住むジェントリー(田舎の小貴族)の後妻であるメアリーは、息子ジョージを宮廷に送り込むという野心をもっていた。 母に強制されてフランスへ留学したジョージは、宮廷マナーやフェンシング、ダンスはもちろん、同性愛にも覚醒し、帰国。再婚によって宮廷に接近したメアリーと上流階級のマナーを身につけたジョージは、エリザベス女王の崩御後にイギリス国王となったジェームズ1世の寵愛を得るべく多方面からアプローチを始める。 ジェームズ1世は、誕生直後から政権争いに巻き込まれ続け、少年期にスコットランド王に即位するも摂政が次々に暗殺されてしまう。イギリス王になり、生き残るためにも信頼に値する臣下を見極める必要があったため寵臣政治を行い、フランス帰りの貴族レノックス公や初代デズモンド伯、サマセット伯らとのホモセクシュアルな恋愛を楽しんだ。 そんな国王の愛人軍団のなかで目覚ましい出世を遂げ、“国王陛下のお気に入り”となるジョージと母親メアリーの栄枯盛衰に焦点を当てるのが、このTVシリーズだ。宮廷内政治はもちろん、権力闘争とセックス、同盟や裏切りに騙し討ち、愛と別れなど、さまざまなドラマが展開される。 原作は、ベンジャミン・ウーリーが2018年に出版した「The King’s Assassin:The Secret Plot to Murder King JamesⅠ」。17世紀のヨーロッパ各国の政治と関係性を背景に初代バッキンガム公とジェームズ1世の公然の秘密だった恋愛と、公が謀ったと噂された国王の死の真相を歴史的研究と法医学的調査によって明らかにするドラマティックな歴史クライム小説だ。これを新進気鋭の戯曲家であり、世界的に大ヒットしたTVシリーズ『キリング・イヴ/Killing Eve』にも脚本家として参加したD・C・ムーアが脚色した。 ■野心的な母メアリー・ヴィリアーズを演じたジュリアン・ムーア ジェントリーの妻として子ども4人をもうけ、才覚を見込んだ次男を手駒として、社会的ステータスを上げようと目論む母親メアリーを演じるのは、オスカー女優ジュリアン・ムーアだ。 「D・C・ムーアの脚色によってメアリーが素晴らしいキャラクターに仕上がっています。とても興味深くて、説得力があって、野心的だけどユーモアもある女性です。しかも、賢くて、エキサイティング。そんなメアリーを演じるには、台詞回しやストーリーテリングに馴染む必要がありました。欲しいものがわかっていて、それを手に入れるために失敗は決してしない女性を演じるのは、とても楽しかった」(ジュリアン・ムーア) また、演じるキャラクターについて綿密にリサーチすることに定評あるムーアは、メアリーを多角的に分析している。 「メアリーは普通の女性ではありません。彼女には権力への渇望や、とんでもない何かがありました。女性が財産をもつことさえできなかった17世紀にメアリーが成し遂げたことは、とても興味深いことばかり。彼女がウエストミンスター寺院に埋葬されたことを考え合わせても、素晴らしい功績だったといえるでしょう」(ジュリアン・ムーア) メアリーは、非常に気丈で頭の回転が速い女性だ。残忍で気難しい夫が夫婦喧嘩の果てに他界。安堵したのも束の間、夫が妻子に資産も屋敷も遺されなかったと知るや、喪中にもかかわらず資産家の男爵と再婚する。 「メアリーは、野心的な女性です。子どもたちを教育し、自身も生き抜く方法を探します。社会的ステイタスを上げる唯一の方法は、資産とパワーを持った男性たちと関係を結ぶこと。メアリーは男たちを上手に利用し、のし上がっていきます」(ジュリアン・ムーア) ■王の寵愛を得る美貌の次男ジョージ・ヴィリアーズにはニコラス・ガリツィン メアリーに利用される次男ジョージを演じるのは、イギリス人俳優ニコラス・ガリツィンだ。アメリカ大統領の息子と恋に落ちるイギリス王子ヘンリーを好演した『赤と白とロイヤルブルー』で世界的にブレイクし、この春に世界配信された『アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~』でアカデミー賞俳優アン・ハサウェイと共演したばかり。 「ジョージは、最初は洗練されていない素朴な青年でした。母親にルネッサンス的な男になる可能性を見出され、一族の社会的ステータスを上げる権力を手に入れるための道具として使われることになります。母親との関係は複雑です。彼はメアリーの承認と愛情を強く求めていますが、それは無条件に与えられるものではなく、ジョージが家族のために力を発揮して初めて得られるものなのです」(ニコラス・ガリツィン) ルネッサンス的男になるためにフランス留学したジョージは、師となるフランス貴族の邸宅でいきなり乱行パーティーに遭遇。ジェントルマンとしてのマナーや知識を学ぶだけでなく、同性愛も体験し、多方面で成長したジョージはイギリスに帰国する。当時、“イギリスきっての美男子”と評された美貌のジョージは、すぐにジェームズ1世の目に留まるも、ライバルのサマセット伯の妨害など茨の道を歩む羽目に。 「ジョージと国王の関係は、最初のうちは損得ずくの関係だったと思います。ジョージには家族のための出世という目的があったし、国王の寵臣になれば得るものが多かったのも間違いありません。でも二人の関係は驚くべき方向に進んだし、そこには誠実な愛があったと思います。その証拠に、ジョージは長年にわたって国王のお気に入りでしたし、彼ほど高い地位に上り詰めた人もいません」(ニコラス・ガリツィン) 10年にわたって愛し合ったジョージとジェームズ1世の奇妙とも言えるロマンスは、このTVシリーズの一服の清涼剤ともなっている。国王の寵臣となったジョージは、メアリーの助言を受けながら策を弄して、敵を次々と葬っていく。しかし、王の愛情を政治的に利用して宮廷内や国政に影響力をもつこととなったジョージは、次第に母親の存在を疎ましく感じ始め、母子のパワーバランスは逆転していく。 「メアリーの愛情表現は、ジョージにはわかりにくいかもしれません。でも母子の間には確かな愛があります。彼女は本当に家族のために生きたし、ジョージが権力を手にすることができるようにベストを尽くしてきました。ただ、その一方で彼女がジョージに無理を強いることも少なくなかった。物語が進むにつれ、ジョージは自分の力を自覚し始めます。自分が手に入れた権力や富、人を惹きつける力を発揮して、仲間にしたい人間を引き寄せ始めます。それが彼を堕落させ、母親との間に亀裂が生じ、爆発的な結果を生むのです」(ニコラス・ガリツィン) ■インティマシー・コーディネーターも参加した大胆な同性愛の描写 田舎の素朴な青年が出世欲と権力、富によって堕落し、闇に落ちていく過程をニコラスが説得力溢れる演技で表現している。端正な美貌の持ち主だが、うっすらと漂う陰が逆に彼をミステリアスでセンシュアルに魅せている。しかもニコラスは本作では大胆なセクシュアルシーンで圧倒的な存在感を見せつける。トニー・カラン演じるジェームズ1世とだけでなく、死に追いやったサマセット伯の従兄弟との暴力的とも言えるセックス、王の寵愛が得られない時期にうっかり寝てしまった男娼とのセックスなどなど。またメアリーも売春宿で出会った世慣れた娼婦サンディと愛し合うようになる。ジャコビアン時代のクィアの性描写に出演陣も驚いたかもしれないと思ったが、ジュリアンはこの問いを笑い飛ばした。 「全然、驚きません(笑)。だって人間はセックスをするし、重要なことでしょう? 誰もがさまざまなやり方でセックスについて話すし、そうじゃなかったら人類は存在しないわけだし(笑)。このTVシリーズは、普通の時代劇ではあまり目にしないような言動やセクシャリティを描いています。とても質が高い作品に仕上がったと思います。豪華絢爛だし、歴史を通してワイルドでエキサイティングなドラマが楽しめるはずです」(ジュリアン・ムーア) 確かに本作は、ジュリアがいうように豪華絢爛だ。『生きる/LIVING』でアカデミー賞監督賞にノミネートされたオリヴァー・ハーマナス監督は、徹底したリサーチを行ない、プロダクション・デザインや衣装、ヘアメイクなどそれぞれの部門が統一したビジョンを共有する環境を作り上げた。特にコスチューム・デザイナー、アニー・シモンズが率いた衣装チームは優秀で、総勢120名が数百着の衣装を作り上げた。 「アニーのチームはとても多忙でした。急ぎでたくさんの衣装を作らなければならなかったのです。全部手作りなんです。衣装は、登場人物の地位やアイデンティティを表現します、メアリーが権力と影響力を持ち、富を得るにつれ、彼女が着るドレスの生地や装飾品、宝石が豪華になっていきます」(ジュリアン・ムーア) 権力を手中に収めたメアリーが身につけるドレスがボリューミーすぎて、ジュリアンを立ったまま撮影現場に運ぶバンが必要になったこともあったという。また、ニコラスも衣装やセットの質の高さに興奮を隠しきれない様子だ。 「ジョージの衣装は最初、ヴィリアーズ家の貧しさを表す、とても粗末で地味なものでした。やがて宝石を散りばめたような豪華なものへと変化し、物語の終盤ではジョージにどれほどの富があるのか想像すらできないほどゴージャスになっていきました。彼の立身出世を衣装の重みで感じるのはとても面白い体験でした」(ニコラス・ガリツィン) 時代劇というと既知の事実をなぞったものも多いが、本作はセクシュアリティや人間関係において現代人を刺激する要素が詰め込まれた異色の作品だ。ジュリアンによると、楽しみ方はさまざまなようだ。 「歴史小説が好きな人は多いと思いますが、この作品にはファンタジー要素もあります。もし自分がその時代に生きていたら? どんな人間関係が生まれるのか? どんな服を身につけていたのだろうか? どのように振る舞うべきか? さまざまに考えながら見てくれるといいなと思います。またドラマを通して歴史をより鮮明に、生きた形で体験することもできると思います」(ジュリアン・ムーア) 『メアリー&ジョージ 王の暗殺者』 配信:Amazon Prime Videoチャンネル内、スターチャンネルEX 字幕版・吹替版、 独占配信中(毎週水曜、1話ずつ更新) https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0D9D48ZJV/ 放送:スターチャンネル 字幕版は毎週火曜23:00放送 吹替版は毎週木曜23:00放送 作品公式サイト https://www.star-ch.jp/drama/maryandgeorge/1/ 文・山縣みどり、編集・遠藤加奈(GQ)