「3000万円の原付き」が世界最速を更新! 4年連続1000万円損失の"悪夢"を乗り越えた男の執念
2019年8月、スーパーミニマムチャレンジ(以下SMC)チームはアメリカの地に降り立ち、2台のマシンで6つのオートバイ世界最速記録を達成した。そのうちのひとつは、4ストローク50cc+スーパーチャージャー(以下SC)という精密時計のようなエンジンを完成させ、3.2kmの距離を走る際の平均速度が100km/hを超えるという前人未踏の記録だ。オートバイが誕生して以来、134年間誰も成し遂げられなかった偉業だが、ライダー兼監督の近兼拓史(ちかかね・たくし)は唇を噛んで悔しがっていた。このエンジンと車体はもっと記録を伸ばせるハズだと......。 【写真】地面すれすれを走る「恐怖の視界」 実際彼はその言葉通り、世界最速記録を15km/h以上更新する。ただし、それは4年以上も後。しかも場所を変え、秋田のサーキットでのことになる。彼らの記録更新を阻んだのは技術の壁ではなく、新型コロナウィルスと地球温暖化による異常気象という、予想もしない世界的災害によるものだった。この4年間、執念とも言える熱量で雌伏の時を耐え、マシンの改良を続けた近兼とSMCのメンバーには、記録以上のリスペクトを感じてしまう。 「勝負はあくまで来年のボンネビル! 今の世界記録は通過点に過ぎません」。そう語る近兼の目に、無限に広がる純白のボンネビルの塩の平原を見た気がした。2023年11月23日、非公式ながら117.05 km /hで世界最速記録を更新した原付き"NSX-52"とは一体どんなマシンなのか? 世界記録更新直後の独占凱旋インタビュー! * * * ■厄災続きの4年で「切腹してお詫びを......」 ――世界最速記録更新おめでとうございます! 2019年の記録を15km/h以上更新するとはスゴイですね! ここに至るまで、かなりのご苦労があったのでは。 「ありがとうございます、本当は今年8月にアメリカで開催されるはずだった世界大会、ボンネビル・モーターサイクル・スピード・トライアルズ(BMST)で更新したかったんですけどね(苦笑)。84年ぶりに南カリフォルニアに上陸したハリケーンの影響で会場が水没して、開催直前に大会中止となりました。現地に乗り込んでいたので、マシンの輸送費にスタッフの渡航費......ザッと2000万円の損失。文字通り、死にそうでした」 ――それは厳しい! さぞかし皆さん落ち込んだのでは......。 「実は2019年の大会直後から『まだまだ記録更新できる!』とずっと参戦準備をしていたのですが、20年はコロナで大会中止。21年はコロナ禍での世界的な物流の混乱でマシンが間に合わず。22年は大雨で中止。そして今年がまさかのハリケーン。毎年1000万円単位の損失でした。 何より世界選手権を走るトップアスリートとして、体のコンディションを保ち続けるのは至難の業で......。本当に魔物に取り憑かれているのでは?と思うような悪夢の4年間でした」 ――この4年間、敵はライバルチームより、コロナと異常気象だったと。 「実際この4年間、誰にも記録更新されていませんから、本当にライバルチームよりコロナや異常気象の方が強敵だったかも知れません(苦笑)。 しかし、この4年でマシンは格段に進化しました。諦めず応援し続けてくださったスポンサー各社とスタッフには感謝以外ありません。今回の新記録も『何とかマシンを走らせる機会を!』という関係者の皆さんのご尽力あってこそなんです。 大潟村ソーラースポーツライン(秋田)に5kmの直線コースを特設して走らせていただきました。NHKや各テレビ局のカメラの前で、実際に世界最速記録が更新できてよかったです」 ――それにしてもサーキットを3日貸し切って特設コースを作っての公開テスト。相当な費用がかかるのでは......。ボンネビル中止での大赤字の中で、よく開催しようと思いましたね。