「3000万円の原付き」が世界最速を更新! 4年連続1000万円損失の"悪夢"を乗り越えた男の執念
――SC付きのエンジンって、ビックバイクやハイスペックカーに採用されているパワーアップシステムですよね。なぜ50ccだとできないんですか? 「エンジンにただSCを取り付けるだけなら簡単です。ところが50ccエンジンでは、せっかく取り付けてもパワーアップしないんですよ」 ――50ccエンジンではパワーアップしない? どうして原付きだとダメなんですか? 「SCを回すためにエンジンの力を最低でも3馬力(ps)ほど必ず使うからです。しかし、カブの50ccエンジンはたった3.8psしかない。残りの0.8psだけじゃ自転車より遅くなっちゃう(笑)。 さらに熱対策のインタークーラーも必要。そんなSCや補機類の追加装備が重くなった分だけマイナスになる。だから、50ccエンジンへのSC追加は、パワーダウンして重くなるだけで、全く使用する意味が無いとされていたわけです」 ――なるほど、元々の馬力が低い50ccエンジンでは負担になるだけでメリットはないと。 「そうです。なので、元のエンジンのパワーをギリギリまで上げたり、オリジナルのパーツを作ったり、あらゆる開発を行ないました。市販にないものなので、部品ひとつ設計して作るだけでも100万円近くかかることも。 これらは全て国内の協力メーカーにお願いしたので、まさにオールジャパン体制でのエンジン開発。いうなれば、"バイク版の下町ロケット"ですね。結果50cc4サイクルエンジンとしてエネルギー効率の限界値に近い13.2psまでパワーアップさせることができました」 ――バイク版下町ロケット! そういえばマシンの造形も、まるで地を這うロケットですね! 「こちらも秘策がありました。モーターボート設計のスペシャリストにお願いしたんですよ。なぜなら水の抵抗は空気の約800倍! 船のデザイナーは、抵抗を減らす技術に特化しているからです。その結果、早く泳げる魚の体に近づきました。NSXシリーズのデザインのイメージは鮎なんです」 ――この鮎のような空力ボディがスピードの秘密だと。 「それだけではダメなんです。次に大事なのは軽さです! ドライカーボンやチタン、零(ゼロ)戦などに使われた超々ジュラルミンなど、あらゆる部品やパーツの素材を変更し、強度的に不要な部分も徹底的に削り落としました。 その他諸々で、2019年モデルより15kg以上の軽量化に成功しています。素材の検討から加工など、メーカーさんも苦心していました。全てがオリジナルの特注品ですので、ボディだけでも1000万円近くはかかっていると思います」 ――オールジャパンの技術で、圧倒的に軽く強くなったんですね。ところで、ここまでパワーアップさせるなら2stエンジンとかDOHCエンジンとか、元々ハイパワーのエンジンをベースにすれば、もっと作業が楽だったんじゃないですかね? 「誰でもできることをやっても意味ないと思いませんか(笑)? エネルギー効率的に有利な2st50ccより圧倒的に不利な4st50ccを選ぶ。しかも、最もパワーのないスーパーカブ系のエンジンをベースにする。誰も成し遂げたことのない50cc4st+過給器付きエンジンを完成させて、それで最高速記録を塗り替える。 そんな不可能と思えることを可能にしてきたのが、メイドインジャパンのものづくりです。オールジャパンの超絶技術を結集して、世界最小最精密クラスで世界最高速を塗り替える。最も不利なエンジンで、最も難しいメカニズムを完成させ、最も速い記録を達成する。これがSMCプロジェクトの意義と目標です!」 ■「世界記録かそれ以外」。鎖骨を取る覚悟での挑戦