人生に向き合う中でソローが見つけたもの 「森の生活」が日本人を救う
IT化が進み、合理化された社会。ふと気づけば、周りはスマートフォンをのぞきこむ人々ばかり。景色を楽しむことも、深呼吸することも忘れた世知辛い日々が過ぎていく ── 200年前にも経済で急成長した社会、文明に対して疑問を持った人がいます。時計の針を戻してみましょう。 会社に壊されない生き方(5) ── 物質優先の生活の先に幸せはあるのか 産業革命で急発展したアメリカで、ウォールデン湖畔の森に入り、独力で建てた小屋で、一人生活を送った人がいます。『ウォールデン 森の生活』の著書で知られる思想家ヘンリー・デイヴィッド・ソローです。時を超え、彼は何を語りかけてくるのでしょう。 アメリカ文化に詳しい小説家の井上一馬さんが連載「生き方模索の現代人へーボストン哲学が語りかけるもの」を執筆します。
「神と天国にいちばん近い場所」ウォールデン湖で独居生活を送った理由
1854年に出版されて以来多くの人々の心をつかみ、今も世界中で読み継がれている一冊の書『ウォールデン 森の生活』。 その著者であるヘンリー・デイヴィッド・ソローが生まれたのは、1817年。今年(2017年)で生誕二百年ということになる。 『ウォールデン 森の生活』は、アメリカのボストン郊外の町コンコードにあるウォールデン湖畔の森の中にソロー自身が独力で建てた小屋で、27歳のときから約二年間続けた独居生活を基にして書かれたものだが、彼はその中で、森の中にひとりで住むことにした理由をこう記している。 「私が森の中で生活することにしたのは、熟慮を重ねながら人生を生きたいと望んだからだった。私は、人生の根源的な事柄とだけ向き合い、人生が私に教えようとしているものを知ることができないかどうかを知り、いざ死ぬときになって、自分が生きなかったという事実に気づくようなことがないようにしたかった」(拙訳) ソローがかつて「神と天国にいちばん近い場所」と呼んだウォールデン湖には、私もかつて『「若草物語」への旅』(晶文社)という本を書くときに足を運んだことがあるが、この一節を読んだだけで、私には、この書物が今も日本を含めた世界中の人々に愛され、読み継がれているわけがわかるような気がする。