コーヒーで旅する日本/九州編|主役にも脇役にもなれるコーヒーだから。柔軟に自分たちに合ったやり方で歩む。「fasola」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。 なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真】豆は150グラム単位で販売 九州編の第100回は熊本県熊本市にある「fasola」。藤崎八旛宮そばにある、レトロな雰囲気の子飼商店街に、2023年8月にオープンした、ワインにもこだわるイタリアンの店だ。カフェやコーヒースタンド、ロースタリーを多く取り上げてきた当連載において、レストランを紹介するのは今回が初めて。レコメンドしてくれたCOFFEE BLUEのオーナー・木下さんいわく、「おそらくほとんどの方は『fasola』をイタリアンレストランと思われているでしょうが、コーヒーだけを飲むという利用もOK。ご夫婦で営んでいて、料理はご主人、コーヒーは奥さん、ワインは2人で、とそれぞれの“得意”とお互いの“好き”を活かした店づくりをされています。奥さんの志織さんは『イタリアンレストランの中にコーヒーショップがあるイメージ』と話していましたね」とのこと。まさにコーヒーという、型にはまらないものならではの自由な発想だ。実際、どんな形で食事とコーヒーを両立させているのだろう。興味津々で店を訪れてみた。 Profile|田中志織(たなか・しおり)、田中優也(たなか・ゆうや) 志織さんは熊本市生まれ、鹿児島市育ち、優也さんは熊本市生まれ。志織さんは大学卒業後、地場で飲食店を展開していた会社に就職。その後、熊本市の人気コーヒーショップ、Gluck Coffee Spotに入り、バリスタ、ロースターとして活躍。およそ6年在籍し、最終的に本店のマネージャーを経験。その後、夫婦で客としてよく足を運んでいたビストロのオーナーから子飼商店街の物件を引き継がないかという相談を受け、料理人として働いていた優也さんとともに2023年8月、「fasola」を開業。 ■2人の道が交わる場所 「fasola」があるのは子飼商店街。熊本市を代表する活気ある商店街は八百屋や精肉店、鮮魚店などが軒を連ね、歩いてみると昭和の時代へタイムスリップしたような気分になる。そんなレトロな商店街において「fasola」は緑のオーニングテントと入口の青い扉がおしゃれな雰囲気。立て看板には“お食事とワインとコーヒーのお店 fasolaです”とあり、“コーヒーやワインのみのご利用もどうぞ”という一言も添えられてある。 コーヒーを担当するのはロースター兼バリスタの田中志織さん。もともと両親がコーヒーを日常的に飲む家に生まれ、中学生ぐらいから一緒にコーヒーをたしなんできたそう。「シンプルにコーヒーの味わいや香りが好きで、学生時代からリラックスしたいとき、頑張りたいときなどに飲んでいました。大学卒業後、入社した会社が飲食店を展開していて、配属された店舗でエスプレッソマシンを扱い始めたんです。そうすると、よりコーヒーが生むよい時間、空間というものに魅力を感じて。いわゆるコミュニケーションツールとしてのコーヒーに魅了されたのが、この世界の楽しさを実感したきっかけ。ちょうどその当時、熊本市内にスペシャルティコーヒーが浸透し始めた時期で、次第に生豆の品質や焙煎といった点にも興味が傾き始めました」と志織さん。 コーヒー業界の入口としてはよくあるケースかもしれないが、志織さんの場合、その後に訪れた転機が大きかったと感じる。それが熊本においてスペシャルティコーヒーの裾野を広げてきたGluck Coffee Spotへの転職だ。 「ちょうど次のステップに進みたいと考えていた時期に、Gluck Coffee Spotのオーナー・三木さんから声をかけていただきました。コーヒーのことをもっと知りたい、バリスタとしての技術を高めたいと考えていたこともあり、二つ返事でGluck Coffee Spotで働くことに決めました。同店では約6年にわたり働きましたが、この期間は今の私にとってすごく大きかったと感じています。バリスタとして店に立ち始め、2年目からは焙煎にも携わるようになりました。自分で焙煎をやってみると、さらにコーヒーを淹れることが楽しくなって、これからもずっとコーヒーと関わる仕事をしていきたいという思いを強くしましたね」 志織さんがこういった体験を経てきたからこそ、「fasola」という料理、コーヒー、さらにワインを柱とした店ができあがったのだと感じた。あくまで仮定の話になるが、志織さんの夫・優也さんがイタリアンのシェフでなければ志織さんは独立にあたり、いわゆる一般的なコーヒーショップを開いていた可能性が高い気がする。一方で志織さんがバリスタ、ロースター両方の経験を積んでいなければ、もしかしたら「fasola」は優也さんの料理のみを柱とした店になっていたかもしれない。ただドリンクを提供する、店に立つというだけでは経験し得ない、実感できない、“コーヒーの探求”という楽しさを見出したからこそ、「fasola」はコーヒーにも重きを置いたイタリアンレストランというスタイルに見出したのだと感じた。 ■コーヒーがちょっとした幸せに そんな「fasola」のコーヒーは自家焙煎の豆3種をメインに、全国各地のロースターから取り寄せるゲストビーンズ1種を常時用意。自家焙煎のコーヒーは浅煎りがメインで、優しい甘さを引き出すような焙煎を心がけているという。志織さんは「奇をてらわず、日常に溶け込む味わいを大切にしていますが、どこかにキラッと光る何かを感じていただけたらうれしいです。お客さまにとって普段とちょっと違う入浴剤、アロマキャンドルのような存在のコーヒーでいられたら」と微笑む。日常のちょっとした幸せ、特別な時間を彩るコーヒー。志織さん自身が、昔からそうやってコーヒーに癒やされ、日常に取り入れてきたからこその考え方だろう。 そして、志織さん自身がコーヒーを楽しんでいる、さらなる新しい可能性を見つけようとしている証の一つだと感じるのがゲストビーンズを用意していることだ。約2カ月に1回のスパンでロースターを変えており、東京や大阪など、九州では普段なかなか口にすることがない店の豆を選んでいるそう。 「今はCOFFEE BLUEさんの焙煎機をお借りすることができ、自家焙煎豆の種類が多くなっていますが、開業当初は仕入れた豆がメインでした。その流れで今もゲストビーンズを提供しているのですが、その大きな理由はお客さまにいろいろなコーヒーを楽しんでいただきたいから。また私自身、多くのコーヒーファンを魅了している話題のロースタリーがどう焙煎をして、どんな味わいを表現しているかに積極的に触れていきたいという考えもあります」 ■できるだけ自分たちの手で オープンして2024年8月でちょうど丸1年を経て、近隣に暮らす人々に親しまれている「fasola」。当然コーヒーだけじゃなく、優也さんが腕を振るう料理を目当てに訪れる常連もいる。優也さんは自家でおこした天然酵母で生地を発酵させて焼き上げるカンパーニュ、肉をミンチにするところから手作りするサルシッチャなど、作れるものはできる限り自分で手掛けたいという職人気質の料理人。一品一品に丁寧な仕事を感じられ、オリジナリティも随所に光る。 そんなこだわりの料理とナチュールワインを満喫したあとに、おいしいコーヒーで〆るという「fasola」ならではの楽しみ方。料理もワインも、最後のコーヒーまで満足させてくれるレストランに出合う機会はそう多くはないだろう。それぞれに違う世界で研鑽を積んできた志織さん、優也さん夫妻だからこそ形にできた料理・コーヒー・ワインの3者が主役の店。さまざまなシーンにマッチするコーヒーの新たな可能性を感じられる一店だ。 ■志織さんレコメンドのコーヒーショップは「Coffeedot」 「熊本市にある『Coffeedot』のマネージャー・勝本さんは前職のときから繋がりがあり、時々店を行き来する仲。勝本さんは本当に勉強熱心で、産地のことやプロセスのことなど、コーヒーに関わる新しい情報やマニアックなネタまでよく知っているんです」(志織さん) 【fasolaのコーヒーデータ】 ●焙煎機/coffed 3キロロースター(COFFEE BLUE) ●抽出/ハンドドリップ(Kalitaウェーブ)、エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ Linea mini) ●焙煎度合い/浅煎り~中煎り ●テイクアウト/あり ●豆の販売/150グラム1700円~ 取材・文=諫山力(knot) 撮影=坂元俊満(To.Do:Photo) ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。