発達障害の「カテゴリー診断」による分類では「あぶない」と言える納得の理由…発達障害にはじつは「3つのグループ」があった
あなたは本当にトラウマのことを知っていますか? 自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち、心身を蝕み続けるトラウマ。 【写真】意外と知られていない「複雑性PTSD」の恐ろしい症状 講談社現代新書の新刊・杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』では、発達障害と複雑性PTSDの第一人者である著者が、「心の複雑骨折」をトラウマを癒やす、安全かつ高い治療効果を持つ画期的な治療法を解説します。 本記事では、発達障害診断の見直しの必要性や分類などについてくわしくみていきます。 ※本記事は杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』より抜粋・編集したものです。
発達障害の3つのグループ
発達性トラウマ症の説明のためには、発達障害(神経発達症)の診断全体の見直しが必要になってきます。『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』第2章で述べたように、カテゴリー診断による分類は、異質のものを同一診断名に含むからです。診断をめぐる先の議論を踏まえたうえで、古茶(2019)による、精神科疾患の新たな分類を参考に、発達障害を筆者なりに分類すると図表3-1になります。 筆者が発達凸凹(でこぼこ)と記したグループは正常からの連続した偏りに属し、現在、小児科医や児童精神科医を受診する児童の9割を占めています。このグループは正常からの偏りであり、必ずしも医学的治療が必要ではない方々が少なくないと筆者は考えています。 一方、自閉症は認知障害に基づくコミュニケーション障害を持つグループであり、その体験世界の理解は我々の体験の延長(正常心理学)では了解が困難で、精神病理学(医学的心理学)が必要になってきます。つまり正常からの偏りとの間には断裂があり、正常から一続きのスペクトラムとして捉えることには問題があるわけです。 このグループは特性として感覚過敏性に代表されるさまざまな生理学的不安定さを抱えていて、幼児期早期から医療とのかかわりが避けられません。また通常の子どもへの教育をそのまま実施すると、当然ですが、悪化を引き起こすことが希ではありません。このグループには、ティーチ・プログラム(TEACCH = Treatment and Education of Autistic and related Communication-handicapped CHildren)のように、自閉症の認知特性に沿った教育が必要不可欠です。 大雑把にその認知特性を述べると、世界を小さな望遠鏡で眺めているような認知の仕方と喩えれば分かりやすいでしょうか。つまり、視野が狭いので、全体が分かりませんが、見えているところは大変しっかりと見えているのです。 拙著『発達障害の子どもたち』で紹介したエピソードですが、自閉症者テンプル・グランディンは、犬がなぜ犬と呼ばれるのか分からなかったそうです。大きいのも小さいのもいて、鼻がとがっているのもぺちゃんこのもいて、なぜこれがすべて犬と呼ばれるのか。彼女は全犬種の写真をしっかり見たそうです。そして理解しました。犬には共通項があったのです。それは鼻の穴の形でした。これが自閉症の認知です。大まかな把握が非常に困難で、その代わり健常と呼ばれる人々にはついぞ気付かれることもない細かなところに焦点が当たり、そこに深い認知が生まれるのです。 本書で取り上げる発達性トラウマ症(Van der Kolk, 2005)は、DSM-5の診断では自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)の診断になることが多いのですが、トラウマを原因とする脳の機能的、器質的異常を持っており、難治性です。さらにこの親もその多くはかつての被虐待児であり、複雑性PTSDの診断基準を満たすものが多いという臨床的な事実があります。つまり慢性のトラウマへの治療と世代を超えた親子併行治療が必要になってきます。 器質因に基づく発達障害は、染色体異常、代謝病、てんかんなど、脳の器質的障害による知的発達症です。このうち、重症のものには自閉症の併存が多くに認められます。『トラウマ』第2章で述べたディメンショナル・モデルに基づけば、自閉症とこの器質因による発達障害グループもまた重なり合ってきます。 脳の機能障害が重度であれば、社会的な行動を支える脳機能にも障害が生じ、したがって自閉症の併存率は高くなってくるからです。自閉症への対応に加え、例えばてんかんであればてんかんへの治療など、器質因に応じて医学的な治療が必要になりますが、対応方法という視点からすれば、基本的には自閉症と同一のグループになります。 つまりこのように分けていくと、発達障害(神経発達症)と診断されるグループは少なくとも「発達凸凹」「自閉症」「発達性トラウマ症」の3グループに分けられます。図表3-2にそれぞれの関係を示します。 トラウマに起因する発達性トラウマ症についてもう少し説明を加えます。友田(2017)、タイチャーら(2016)の一連の研究によって、被虐待は脳の器質的変化を引き起こすことが明らかになりました。それは、性的虐待における後頭葉の視覚野の萎縮、および脳梁の萎縮、暴言被曝による側頭葉の聴覚野の一部の肥大、体罰による前頭前野の萎縮、DV目撃による視覚野の萎縮、複合的虐待における海馬の萎縮など(図表3-3)きわめて広範かつ重篤なものでした。 発達凸凹や自閉症を含む一般的な発達障害において、このような激烈な変化の所見は認められないことからも、子ども虐待というトラウマによって引き起こされる発達障害のほうが、一般的な発達障害よりもより器質因に近いグループに位置づけられてきます。 さらに被虐待児の脳波の異常率は発達障害より高いことが示されています。ちなみに友田らの研究では、少なくとも子ども時代に治療が行われた場合、減少した脳の体積は回復するようです。 さらに、最近のトピックスは、『トラウマ』第2章で説明したエピジェネティクス(遺伝子スイッチ)への影響です。エピジェネティクスとは、環境因によって遺伝子の情報がオンになったりオフになったりする現象のことです。代表はメチル化と呼ばれる現象で、シトシンという遺伝子を構成する塩基にメチル基がくっつくと、その遺伝子の持つ情報の転写が抑制される、つまりその遺伝子が持つ情報の発現がなくなります。被虐待児において、オキシトシン・ホルモンに関わる遺伝子におけるメチル化が生じているなど、さまざまな所見がすでに報告されています(Fujisawa et al., 2019; Park et al., 2019)。 極端なネグレクトを受けた子どもの一部が、周囲に無関心で、自閉スペクトラム症と区別がつかない状態になることは、一連の「チャウシェスク・ベビー」の研究で明らかになりました。 ルーマニアは、第二次世界大戦後長きにわたってチャウシェスクとその妻による独裁政権が敷かれていました。経済的な困窮と多産政策のせいで生まれたけれど遺棄された子どもが生じ、その結果、大量のストリートチルドレンがにれ、その子たちは非常に劣悪な環境の孤児院に収容されていました。これがチャウシェスク・ベビーです。 1989年、東欧革命によって、ルーマニアもチャウシェスク政権が倒され、その後、これらの施設入所児が大量にアメリカやヨーロッパに里子として迎え入れられたのです。この子たちの間に、非常に自閉症が多いということが話題になりました。この著しいネグレクト状態の中で育った子どもたちは、子育ての研究者の関心を引くことになりました。 チャウシェスク・ベビーを対象に、2系列の一連の研究が行われました。一つはラターに率いられたロンドン大学のグループの研究で、英国・ルーマニア養子(ERA)研究と言います。もうひとつはジーナーらが中心になって実施した、アメリカの研究者によるブカレスト早期介入プロジェクト(BEIP)です。 ルーマニアはかつての日本のように、里親養育による社会的養護がなかったので、里親制度を作りながら同時に介入研究が行われたのです。詳細は省きますが、チャウシェスク・ベビーの中に、自閉症そっくりの子どもたちが存在し、それが里親による「育て直し」の中で劇的に改善していくことが示されました。 この自閉症そっくりの子どもたちの一部は、反応性愛着障害と診断される、他者にまったく関心を示さない重症の子どもたちに重なります。この反応性愛着障害は、これまでの研究では滅多に起きないとされてきました。ブカレスト早期介入プロジェクトでチャウシェスク・ベビーの中でも4%に認められたのみであると報告されています(Nelson et al., 2014)。 しかし筆者は、あいち小児保健医療総合センターの9年あまりの臨床で、このグループに属する児童に、30例以上出会っています。振り返ると、筆者はあいち小児センターで約1000名の被虐待児の診断と治療を行ったので、それほど矛盾した結果ではないのかもしれません(全体の4%だと40例になる)。 このことから分かるのは、過去のわが国の社会的養護は深刻な人手不足のために、チャウシェスク時代のルーマニアと同程度に不良であったということを示すのかもしれません。いずれにせよわが国においては滅多に出会わないというものではなさそうなのです。 チャウシェスク・ベビーにおいて認められたものは、認知の障害、愛着の障害、自閉症様症状、多動性行動障害の諸症状でした。そしてこの順に徐々に改善が示されました。そして最後に残ったのが多動性行動障害でした(Kumsta et al.,2010)。 さて、チャウシェスク・ベビーのような極端な状況ではなくとも、一般的な被虐待児、つまり安心が欠けた状況で育った子の場合には、現在のDSM-5における診断では、脱抑制型対人交流障害に相当する児童が育ってきます。このグループは、反応性愛着障害とは正反対に、誰彼かまわずくっついてしまい、養育者とそれ以外の人との区別がありません。その一方で、子どもどうしの交流は非常に苦手です。一般にハイテンションで多動です。 つまりこの場合、学童期において多動、注意の転導性、社会性の苦手さが生じ、カテゴリー診断によって診断をすると、注意欠如・多動症および自閉スペクトラム症の診断になってきます。このように、被虐待児の一部は自閉症に、より多くは注意欠如・多動症および自閉スペクトラム症の症状を示すようになってきます。 ここも注意しなくてはならないのは、アメリカなどにおける従来の注意欠如・多動症はむしろこのトラウマ系の発達障害が中心だったのかもしれないということです。わが国において注意欠如・多動症は以前から発達障害として位置付けられてきましたが、世界レベルでそれが公認されたのは2013年のDSM-5が最初なのです。 * さらに【つづき】〈意外と知られていない「複雑性PTSD」の恐ろしい症状…「自己への無力感・無価値感」「信頼関係の崩壊」〉では、複雑性PTSDについてくわしくみていきます。 * ・古茶大樹(2019):『臨床精神病理学 精神医学における疾患と診断』(日本評論社) ・Van der Kolk B(2005): Developmental Trauma Disorder. Psychiatric Annals, 3(5 5), 401-408. ・友田明美(2017):『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK 出版) ・Teicher M H., Samson J.A., Anderson C.M. et al.,(2016): The effects of childhood maltreatment on brain structure, function and connectivity. Nature Reviews Neuroscience, 17, 652–666. ・Fujisawa TX, Nishitani S, Takiguchi S et al.(2019): Oxytocin receptor DNA methylation and alterations of brain volumes in maltreated children. Neuropsychopharmacology, 44(12): 2045-2053. ・Park C, Rosenblat JD, Brietzke E et al.(2019): Stress, epigenetics and depression: A systematic review. Neurosci Biobehav Review, 102, 139-152. ・Nelson CA, Fox NA, Zeanah CH(2014): Romania’s abandoned children: deprivation, brain development, and the struggle for recovery. Harvard University Press, Cambridge.(門脇陽子、森田由美訳(2018):『ルーマニアの遺棄された子どもた ちの発達への影響と回復への取り組み』〈福村出版〉) ・Kumsta R. Kreppner J. Rutter M et al.(2010): Deprivation-Specific Psychological Patterns: Effects of Institutional Deprivation. Monographs of the Society for Research in Child Development, 75(1), 48-78.
杉山 登志郎