高校を中退して通った芸能学校で、ベテラン俳優の西岡徳馬さんを変えた「おばあちゃん先生」の一言とは
カリスマキリンへの道
誰かの言葉を、単なる自分の耳の鼓膜を震わせる音声にしてしまうのか、心の中で受け止めて物事を考えるきっかけにするのか。今年で78歳になった俳優の西岡徳馬さんの自伝『未完成』(幻冬舎)を手に取り、ある分野で長く活躍できる人は、聞く力を持っているのだと改めて教えられました。
この自伝が胸を打つのは、人生の折々にかけられた大切な言葉の思い出が書かれていることです。
西岡さんは、横浜市中区生まれです。小児ぜんそくに苦しみながらも、中学は体操部、最初の高校は野球部に入りました。しかし、新入部員が200人もいるような状態で、「どの道、続けてもレギュラーには到底なれない」と退部します。その後は、街をふらふらし、ふっかけられたけんかを買い続け、学校を中退してしまいます。
芸能学校に通い始めましたが、どこか地に足がつかない気分を感じていました。ある日演技の授業を受けているとき、一人の「おばあちゃん先生」に言われました。
「あんたね……あんたいい役者になるよ」
いい役者とは、どんな意味なのか。何が必要なのか。近づくにはもっと勉強が必要なのではないか。少年だった西岡さんは、別の高校に入り直します(新しい高校の話も面白いのですが、本を開く楽しみに取っておきましょう)。
文学座を経て役者人生を歩み始めてからも、演出家の蜷川幸雄さん、劇作家のつかこうへいさん、俳優の杉浦直樹さんなど、出会った様々な人の言葉が、生きるうえで影響を与えていきます。
「未完成」とは、象徴的な題名です。人生とは、長い時間をかけて好きなことや打ち込むべきものを見つけ、自分という物語の主役になることでしょう。でも、自分が「完成」をしてしまったら、人の言葉を受け入れる余地がなくなってしまいます。今この一瞬を生き切る勇気を持ちながら、永遠に未完の主演俳優でなくてはならないのです。