学童疎開先で突き飛ばした女の子は銃撃されたが…教科書にも載った「ショートショートの名手」による名作とは(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「葬列」です *** 日本の夏は死者の季節。長い戦争が広島・長崎への原爆投下という惨劇を経てようやく昭和二十年の八月十五日に終った。 戦争によって多くの日本人が亡くなった。だから夏は生き残った者が死者を追悼する季節になった。 山川方夫(昭和五年生まれ)は短篇、いわゆるショートショートの名手。 「夏の葬列」は死者の季節としての夏を描いた逸品。 主人公の「彼」は若いサラリーマン。ある日の出張の帰り、戦争末期、小学生の時に学童疎開として三ヶ月を過ごした町を訪れる。 そして偶然、葬列を見たことから苦い出来事を思い出し、胸が痛む。 その日、「彼」は同じ学童疎開で町に来ていた二学年年上の女の子と海で遊んだ帰り、米軍の艦載機の襲撃を受けた。 「彼」は自分が助かるために女の子を突き飛ばした。そのため彼女は銃撃された。 その事実は戦争が終っても消えない。むしろ罪悪感は強まる。 いま町で葬列を見てまた痛みが襲ってくる。「葬列は確実に一人の人間の死を意味していた」。 葬列は近づいてくる。柩の上に写真が置かれている。写真の女性は若い。二十代か。とすると彼女はあの銃撃で死ななかった。つまり自分の罪は消えた。 「彼」はほっとする。ここで終ってもいいのだが、ショートショートの名手らしく最後にどんでん返しがある。写真の女性は実は―。 やはり日本の夏は死者の季節にほかならない。 [レビュアー]川本三郎(評論家) 1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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